つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

専門医機構の抗菌薬講義をしてきました!

こんにちは、Itoです。寒さのあまり、湯たんぽを手放せません。そして、プロトンポンプ阻害薬 (PPI) が低Na血症の原因になる可能性があるという話を昨日小耳に挟んでこの1年間最大の衝撃を受けております。

まだ症例報告や症例対照研究くらいしかなくて、確定とするには根拠が足りない印象も受けていますが、今後の報告に要注目かと思います。当科は脳出血の患者さんをかなり多く診るので、ストレス潰瘍予防でPPIを使うことも少なくはないのですが、そういった患者さんで低Na血症を見かけたら「抗利尿ホルモン不適合分泌症候群 (SIADH) vs. 中枢性塩類喪失症候群 (CSW)」の二項対立に囚われず、薬剤性もしっかりと鑑別診断に入れないといけないなと改めて感じました。

 

それ以前に、漫然とPPIを処方しないようにして、本当にPPIの適応があるかどうかを繰り返し評価することも大切ですね。Stanford大学の出しているガイドラインやCrit Care Med 2016がよくまとまっていますよ!

 

さてさて。

遡ること、1週間……

新型コロナウイルスの流行下でレジデントレクチャーなどの講義ものを制限せざるを得ない中でしたが、感染対策をしっかりした上で、専門医機構の抗菌薬講義が行われました。今回は病院総合内科のItoが担当させていただきましたが、会場参加いただいた皆様、誠にありがとうございました! お陰様でItoも楽しくレクチャーをすることが出来ました。ホワイトボードを使うともっとIto無双出来るのですが、それはまたの機会ですね。

 

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2020年12月10日にレクチャーしました!

 

抗菌薬のスペクトラムというと暗記もののイメージが強いですよね! 最近は分かりやすい本が増えていますが、あくまで「読み通しやすい本」が増えただけで、「頭にインプットしやすい本」は未だに出版されていません。言い換えると、抗菌薬の知識をお粥のように柔らかくした本は数多く出版されていますが、抗菌薬の知識をパエージャのように美味しく料理した本は未だに書店では見かけないわけです。知識が躍動していない。研修医の先生の本棚に複数の抗菌薬本が並んでいるのは、つまりはそういうこと。

 

……そんな状況に一石を投じたいと思って、Itoは東大感染症内科在籍時からずっとレクチャーを続けています。抗菌薬は、ちゃんと向き合えば本当はもっともっと面白いんだぞーってね。

 

一見暗記ものに見える学問分野って、実は歴史背景と合わせて理解するとスッと頭に入ることが多いんですよ。今回のレクチャーでItoは抗菌薬を題材にそれを実践したのですが、実はこのやり方は漢方薬を覚える時など他の暗記ものでも有効です。いきなり「桂枝加芍薬湯は過敏性腸症候群に効く」なんて覚えてはいけません、頭が消化不良を起こすに決まっている。「桂枝湯は芍薬を含む漢方薬でお腹の弱い風邪患者さんによく使う」というところから入って、芍薬はお腹に優しい、腸の攣縮を鎮めるイメージ」と理解してから芍薬を増量した桂枝加芍薬湯は過敏性腸症候群に効く」というふうにインプットするといいですよ。そうすると「桂枝去芍薬湯は桂枝湯から芍薬を抜いたものだから、お腹への作用が減って胸のつかえへの作用が主になる」というふうに応用もきくわけです。このやり方は、漢方の古典『傷寒論』を踏まえた漢方の歴史の流れに沿った方法論になります。

 

それと、似ているものをしっかりと区別する、というのは学問における基本中の基本です。Itoが初めて "お師匠様" を得たのは中学1年生の時でしたが、その英語の先生は「似ているものを区別出来ないならむしろ学ばない方がマシ」と何度も仰っては、ひたすら中坊時代のItoに誤文訂正問題ばかりやらせていましたね……。個人的な体験談はこのくらいにして、暗記分野の暗記量が膨大でキツいのは、それぞれの要素に重要な差異があるからです。差異が重要でないのなら、そもそも暗記する必要なんてありません。そういうわけで、暗記ものほど類似性に丸め込まれないよう注意しないといけないですね (逆に、全然違う事柄の中に類似性を見出すのは創造性のなせる業です)。

 

上記を踏まえて、Itoは以下のことに注意して抗菌薬を教えるようにしています。

ペニシリン系は第一次・第二次世界大戦の中で抗ブドウ球菌薬として開発され改良されていったが、戦後大量生産・消費社会の中で次第にブドウ球菌大腸菌に耐性をとられていった (アンピシリン・スルバクタムのあの歪なスペクトラムは歴史上の必然!)。

セフェム系ペニシリン系と同じβラクタム系で、グラム陽性球菌やグラム陰性桿菌のスペクトラムが広いが、ペニシリン系との決定的な差異が数点ばかり存在する。即ち、腸球菌・リステリアと腸管内嫌気性菌はセフェム系特有の弱点 (僅かな違いだが実臨床に与えるインパクトが結構大きい!)。

 

繰り返しになりますが、歴史の流れを意識してストーリーを組み立てることと、似ているけど違うものをしっかり区別すること、この2つが暗記ものでは本当に重要です。恐らくはどんな学問分野でもある程度は通じるんじゃないかと思います。そして、学ぶことの醍醐味はバラバラな知識を統合して新たなる物語を紡ぎ出すところにあります。だからこそ学問はやめられないのだよ!!

 

なお、Itoの抗菌薬講義は医学雑誌「medicina」の2021年4月号にも掲載される予定ですので、興味のある方は是非、書店で立ち読みでもしていただけると嬉しいです。ではでは、また!