つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

職場を具体的にどうつくっていくか

 2021年7月16日の夜、病院総合内科の説明会にItoも参加して熱弁を振るわせていただきましたが、何名かの研修医の先生方が参加されていて、おのおのが問題意識を持って自分の進路を考えていたことに感銘を受けました。参加いただいた研修医の先生方には是非、入っていただきたいなと思っています。というか、みんなで一緒に診療科を作っていきましょう! (渾身のラブコール!)

 病院総合内科は小規模の診療科なので、担い手が少ないことがどうしても問題になってきます。言ってしまえば、中にいる人全員が充実した日々を過ごせなくなったら現行の体制が一瞬にして破綻してしまうわけです。だからこそ、今の病院総合内科はItoが勝手に自分の理想に合うように「改造」している真っ只中なのですが、新しい研修医の先生方が入ったら、新しいメンバーの手も加えてはたらきやすい場所を作り上げていけたらいいな、なんて考えております。

 医療の理想はこれまで何度も語ってきました。医者も患者もコメディカルも全員が幸せな医療の実現です。その中核となる医療行為は、患者さんを目で見て、心で感じて、頭で考えることで、回避しうる入院・検査・治療を極限まで削ぎ落すところにあると考えています。そうすることで、「医者やコメディカルが楽した結果、患者さんも楽になる」という究極の医療を実現できることになるわけです (このコンセプトは「戦わずして勝つ」の医療版だと自負しています)。

 そんな具合に大きな理想論があるわけですが、細かくあれこれをどうするかという話は全然していないんですよね。新しい研修医の先生に入っていただけたら、可能な限りそのニーズを受け入れたいと思っていますが、Itoの方で考えていることを幾つか挙げていこうと思います。

 

f:id:TsukubaHospitalist:20210717181949j:plain

徳川慶喜の頃のものを再現した、苦み > 酸味、パンチ強めの珈琲

 

1.症例検討会のアウトソーシング

 基本的に症例検討会などの勉強会はアウトソーシングしようと考えています。東大感染症内科にいた時に感じたのですが、症例検討会を自前で月に1回準備するのって結構大変です。それで、コロナ禍に突入したのですが、オンラインでの勉強会が瞬く間に普及しました。音に聞こえたハイレベルの勉強会にも、茨城から簡単に参加できるようになったわけです。例えば、Tokyo GIM conferenceとか、IDATEN case conferenceは、臨床推論の道筋をいろいろな先生方が言語化して説明してくれるので、新しい考え方をインストールする良い機会になると思います。膠原病の勉強会なんかも結構たくさん開かれているみたいですね。

 そういった勉強会に参加することで、診療のガラパゴス化を防ぐ効果も得られます。どうしても、ひとつの施設で診療していると頭が凝り固まってしまうのですが、他流試合をしないとそのことに無自覚なままでいることになってしまいます。かつては、茨城県など地域医療に従事しているとこのあたりがネックになることが多かったのですが、コロナ禍の影響で図らずも解決してしまったということです。

 

2.必要最低限のハンズオン

 自前の勉強会を用意しないとはいっても、病院総合内科で追及する理想の医療を実現するには、いくつか誰も教えてくれないような基本的事項を確実に押さえておく必要があるとは思っています。具体的には、患者さんの全体像を掌握する方法と、ゴールを設定してそれに向かって最短距離でプロセスを遂行する方法途中で生じた未知の問題点を自力で解決する方法……このあたりは病院総合内科で研修する先生方に身に着けていただきたいと考えていて、しっかりと伝えていけたらなと思います。

 患者さんの全体像を掌握するというのは、精度の高いプロブレムリストを作成するということです (カルテの切り貼りだけでなく、なるべく患者さんの話からも……)。例えば、重要でなさそうなプロブレムリストとして「# 慢性膵炎の既往」なんてあるかと思いますが、これを把握しそびれると揚げ物の含まれた食事を提供してしまって患者さんの食思不振を助長させる可能性があります。ここでプロブレムリストがしっかりしていれば、天ぷら抜き低脂肪食を提供するというちょっと粋な (生意気な?) 対応ができるわけですね。

 患者さんの全体像を上手く掌握することができると、入院日のうちに「理想的な退院日」を推定することができます。解決しないといけない問題点がいくつあって、それぞれの解決にどれくらいの日数がかかるか分かるわけですから。逆に「理想的な退院日」を達成できなかった時に「何がいけなかったんだろう?」と反省して自分の診療をブラッシュアップするきっかけにすることもできます。診療が客観的に成功していたとしても、その中で自ら課題を浮き彫りにして、貪欲にレベルアップしていくことが大切だと思うのです。こうして他人がいなくても自己修復的にフィードバックが効く仕組みを確立しておくと、どんどん独学が上手になっていきます。

 独学といえば、医者として仕事をしていると、常に周りに相談できる人がいるとは限りません。例えばパーキンソン病を診断しても、神経内科医が身近にいるとは限らないわけです。そんな状況になった際には、自分でUp to Date®なり、Lancetの総説なりを読んでパーキンソン病の患者さんを治していかないといけないわけですが、こういった情報収集をするスキルは非常に大切だと思います。知識がなければ、その場で知識を生成してしまえ、というわけですね。しかも、その場で生成した知識というのは間違いなく最新知識なので、もしかしたら下手な専門医よりは良い治療を提供できてしまうかもしれません。実は論文をたくさん読んでいると、専門家の意見が誤っていることに気がついてしまう場面が意外と多くて、背筋がゾワッとするものです (あるいは専門家に甘く見られているのか……)。

 根本的なスキルのハンズオンの話ばかりしてしまいました。もちろん、Itoは感染症のレクチャーなども引き出しを多く持っているので可能ではあるのですが、それを積極的にやろうとまでは思っていません (強いニーズがあればやります!)。というのも、抗菌薬を使えるとか、心電図を確実に読めるとか、そういうのは根本的なスキルと比べると圧倒的に重要度が落ちるんですよね (大切であることは認めます!)。いちばん大事なのは、ちゃんとベッドサイドに行って患者さんを診ることです。患者さんを大切にしていれば、知識なんて後から勝手についてくるのでご安心ください。熱心にレクチャーを聞いたり、論文を読んだりしたところで、そこに治したい患者さんのイメージが伴ってこなければ、知識なんて簡単に頭から抜けていってしまうものです。

 

3.PubMed debut

 独学の話を先程したのですが、論文をたくさん読んでいると、自分も論文を書きたいという気持ちになってくるのではないかと思うんですよね。それで、実際に論文を書くのって大変なイメージがあるのですが、実はPubMedに論文を載せるのはさほど難しいことではないです。しばしば偉い先生が「お前に論文を書かせてやろう」なんてやっていますけど、そんな大層なものでは断じてございませぬ、別に有難くもなんともない。論文にはいろいろなスタイルがあって、総説、原著、症例報告、レターなどがありますが、病院総合内科であれば少なくとも症例報告とレターは1週間に1本くらい出せると思います (あくまで本気を出したらの話で、実際にやったらノイローゼ確定です)。

 原著論文にしても、最近はItoが倫理委員会に研究を申請する方法を覚えたところなので、いくらでも挑戦できると思います。診療科名が「病院総合内科」なので、多分何の研究をしても許されてしまうというのも強みです。「感染症内科」だと大動脈解離の研究は多分アウトですが、「病院総合内科」なら何の問題もないですよね。ということで、臨床研究もやってみたければどしどしチャレンジできる環境です。最初のデザインさえ誤らなければ、後ろ向きコホート研究くらいは気軽に出来ると思います。

 

4.人生設計を真剣に考える

 ヒトの寿命は絶賛延長中でして、恐らくぼくらは普通に (!) 100歳まで生きるのではないかと単純な比例計算で予測することができます (生年と世界平均寿命の関係をプロットすると、概ね一次関数の形になります)。そうすると、65歳とか70歳で退職して余生を……という生き方は金銭的に無理ということになります。つまりは80歳くらいまで当たり前のように現役という話になってくるわけですが、その頃になってくると20代、30代で仕入れたスキルも流石に時代遅れ。40代、50代、60代、人生のあらゆるステージにおいて新しい知識を取り入れられるような体質とか習慣を、人生の早い段階で獲得してしまうのが大切なのではないかと思います。そういった自己変革のできる人物に、新しく入ってくれる研修医の先生にはなってほしいなと考えています。

 逆に自己変革ができなかったらどうなるかというと、「社会の歯車」で終わるコースで人生確定かと思います。Itoは初期研修医の先生に「いい研修医にならなくていいから、いい指導医を目指してほしい」とよく言っているのですが、それはつまりは「奴隷のように生きてほしくない」という意味を込めてのことです。

 さて、人生においては有形資産も無形資産もどちらも重要です。有形資産は極端に言ってしまえばお金のことで、無形資産は人脈とか個人のスキルのことと考えて下さい。有形資産の話はオフレコでの話に回すとして、自己変革をなすには無形資産の活用が非常に重要です。スキルを元手に人脈を広げていき、その人脈を活用して新しいスキルを身に着ける……そういったサイクルを回していくのが長い人生を楽しむ秘訣です。

 無形資産としての一般内科スキルは、それだけではあまり効果を発揮しないかもしれません。しかし、他のスキルと組み合わせることで大きな付加価値を生むことができます。例えば、耳鼻科医が内科専門医を持っていたら、病棟において間違いなく唯一無二の存在になれることでしょう (他にそんな医者なんていないので、ブルーオーシャンだと断言できます)。もちろん、病棟管理を任されやすい = 肉体労働が増えるということに一時的にはなるかもしれませんが、長期目線だと診療科の「角」または「飛車」としてハイグラウンドに立てるのではないでしょうか。耳鼻科と内科を掛け合わせるからこそ大きな付加価値を生み出せるわけで、きたるべき「医者が淘汰される時代」において生き残れる確率が極めて高くなるかと思います。あと、内科が出来ると地域のアルバイトが結構多いので、ちょっとした小遣い稼ぎにも有利かもしれませんね。

 無形資産として人脈を広げることも大事ですが、それは余暇を上手く作って広げていったり、メンテナンスしたりするしかないと思います。大切なことは、未知のコミュニティに恐れずに飛び込むことです。Itoの経験からいくと、「俺を仲間に加えてくれ」的な手紙を偉い人に出すと意外と受け入れてもらえる印象です。そんな手紙を出す人間が他にいないからインパクトが凄いのでしょうね。まぁ、具体的なエピソードの数々は病院総合内科に入ってからのお楽しみということにして、失敗しても何も失うものがないのであればどんどんチャレンジを重ねていくべきです。

 そんな感じで、有形資産とか無形資産のことを知って今後の人生をどう作戦するかも研修医の先生方と共有したいですね。病院総合内科での研修3年間を成功させるのは当たり前のことで、むしろ病院総合内科を人生100年作戦の足掛かりにしていただけたら嬉しいな、なんて考えています。

 

 病院総合内科のブログもだいぶ色々と好き勝手書かせていただいています。公式なのか非公式なのかはもはや誰も把握していないわけですが、上層部の先生方からは一応許容いただいています (多分……ね)。これが病院総合内科の懐の深さと思っていただけると幸いです。