つくばホスピタリストの奮闘記!

筑波大学附属病院 病院総合内科に所属する専攻医によるブログです。まだ創設間もない病院総合内科での活動を発信していきます!!

人生における二大選択肢のあいだ

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緊急事態宣言で趣味の図書館通いを奪われた……

 

医者人生には様々な選択肢があるが、その中でも最大のものは「出世を狙うか、否か」というものであろう。アカデミズムの中で「出世を狙う」のは容易なことではなく、まず大学医局の苦行を耐えて博士号を取得しなければならず、さらには海外留学をしたという実績で箔をつけなければ太刀打ちできなくなる(このあたりは日本のアカデミズムの闇である)。

 

何が厄介かといえば、こういった出世への道のりは険しくて、ある程度は家庭とプライベートを犠牲にしなければならなくなるし、おまけに大学院や留学の間は収入が途絶えるという問題点もある。何より、博士号を取得して海外留学すれば出世できるかというと、そうとも限らないという点である。やはりポストはどうしても限られているので、博打的要素が強いように見えてしまう。

 

ただその一方で、現在は昔ほど大学医局の力が強くない時代である。病院でアルバイトして金銭収入とすることも、20年前であれば大学医局に所属して斡旋してもらわないといけない状態だったが、現在であれば斡旋業者に頼んでアルバイトを紹介してもらうことができる。自然、医師として「出世を狙わない」という道も選択可能になってきた。基本的に医師のアルバイトではその気になれば大学勤務の5-6倍くらい容易に稼げてしまうものなので、(収入の安定性が減じることに目を瞑れば)敢えて「出世を狙わない」という道もなかなか魅力的ではある。

 

わざわざ大学医局内で不毛な競争をしなくても、ある程度の統計リテラシーと批評してくれる友達がいれば、上位のジャーナルに論文を載せて歴史に名を刻むことも可能である(経験上は)。そう考えていくと、大学医局で上を目指すメリットは、自己満足以外にはあまりないのかもしれない……そんな諦念へと辿り着いていく。

 

日本国内での名声を強く求めていないのであれば、冷静に考えて「出世を狙わない」という選択肢の方が、機会損失のリスクが結果的には低くなるだろうし、合理的なのだろう。いまの日本医療の状況を考えたら、「出世を狙う」というのはハイリスク・ローリターンの行為にどうしても見えてしまうのである。実際的には何をリターンと見なすかにもよるだろうが……。

 

大学教授になれば名前を残せるという意見もあるかもしれない。ところが、ぼくらは残念ながら自分の所属する国の歴代内閣総理大臣の名前すら暗唱できていない。いわんや歴代大学教授の名前をや、である。後世に名前が残るのは、あくまで「何をなしたか」によってであって、「どんな地位になったか」によってではない。そう考えても、やはり出世を成し遂げて、ごつい肩書きを得るメリットが本当に存在するのかは怪しいものである。

 

畢竟、「出世を狙うか、否か」という問題は、よほど権力志向が強いのでなければ、答えも自ずと明らかなのではと思う。出世しなくても十分にお金は稼げるし、ジャーナルに載るような臨床研究もできてしまうのだから。しかし、物事には常に特殊なケースが存在するから厄介だ。とりわけ問題となりそうなのが、「自分自身は出世に興味がないのに、周囲が自分の出世を強く望んでしまっている」というパターンであろう。自分は出世に興味なくても、親が望んでしまっているとか、上司が望んでいるとか、故郷の人たちが中央での活躍を応援しているとか……そういった状況のことである。

 

そういった例外的状況ではどう振る舞うのが正解なのだろうか? 少し考えてみたところで、どうも容易に答えは出なさそうだ。そんな時こそ、医者の先輩を例にするだけでなく、参考になる歴史人物を書物の中に探し求めるべきだろう。例えば、竹中半兵衛羽柴秀吉の初期のブレーンとして有名で、僅か16人で現在の岐阜城を乗っ取った奇才の持ち主だが、どうもある種の技術者という趣きで出世にはあまり興味がなかったように見える(短命だったため、長生きしていたらどう振る舞っていたかは未知数)。他には、白洲次郎吉田茂の側近として戦後GHQと渡り合ったことで有名なかっこいい人物だが、この人も使命を終えるとあっさりと政界から身を引いてしまっている。

 

他にも、出世に興味がなかったのに有名になってしまった例が歴史上に幾つかあると思うが、共通点としては「参謀」とか「側近」であった点が挙げられるだろうか。つまりは一番手(羽柴秀吉吉田茂)がいて、それを補佐する二番手として活躍しているのである。そう考えると、「自分自身は出世に興味がないのに、周囲が自分の出世を強く望んでしまっている」というパターンでどう対処すれば良いかも何となく見えてくるのではないか。

 

回答例。自分と志を同じくしつつも、出世に燃えている人物を探すべし。そして、それを補佐し、その出世街道を助けるべし。出世の重荷そのものは、出世したい人間に任せてしまえばいいのである。そういったふうに二番手として生きて、一番手の陰に名を残すような人生も、案外悪くないのかもしれない(意外と下手な一番手になるよりかは名前を残せる気がする)。これはこれで面白い人生になるのではないかと思うし、周囲の意表を突く選択肢として如何だろうか。

 

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