つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

駆け出し無課金勢によるアカデミズム戦略

病院総合内科からこの1年半年で約40本の論文をPubMedや医中誌に載る雑誌に出していて、周囲から「日常生活のルーチンとして論文を出している」とか言われることがあります。実際のところはそこまで気軽なものでもなく、あくまで非日常の営みといいますか、毎回論文を出してrejectやrevisionを要請される度に地団駄を踏んでいます。周りが思っているほど楽勝というわけではないのです。やはり受かった時は嬉しいもので、それがレベルの高いジャーナルとなると、一日中舞い上がってはしゃいでいます。カウントしているわけではないのですが、体感的には「160戦40勝120敗」くらいでしょうか。特に論文を書き始めた頃は負けた回数の方が圧倒的に多くて(8連敗の時はさすがに鬱で1週間寝込んだ)、最近になってようやく「受かる時ってこんな感じ」という感覚が掴めてきたところです。まぁ、ここまで負けを重ねた理由として、論文執筆の指導者がいなかったというのは間違いなくあるでしょうね……。

 

f:id:TsukubaHospitalist:20210901095218j:plain

大好きな『はじ漢』がリニューアルされていた!!!

 

論文を多く書いていて感じたことは、論文が受かるかどうかは論文の質だけでなく、雑誌を上手く選べるかということもかなりあると思っています。例えばCureusという雑誌がありますが、open accessなのに出版費を取られないということで(校正費を求められることはある)、結構よい投稿先でした。日本人にはあまりよく知られていない雑誌だったようで、受かりやすかったんですね。ところが、最近Cureusも掲載論文数が増えて、blue ocean(競争の激しくない区域)からred ocean(激戦区)へと変わってしまったようで、査読所見も教育的なものから理不尽なものへと変わりつつあるような気がします。なんというか、もともとCureusが謳っていた「peer reviewはpeer rejectではない」という理念がどこかへ置き去られてしまったような……。Cureusのフォーマットが刷新されたところを見るに、何かCureus内部の体制が大きく変わってしまったのかもしれません。昨年まではCureusはcase reportの投稿先として扱いやすかったのですが、今のCureusはちょっと勧め難いというのが正直な気持ちです。

 

いままでblue oceanと思ってやってきた場所が、気がつけばred oceanに変わりつつある……そう直感した時は、その分野の残滓を元手に新しい分野を開拓した方が長期的に安定したパフォーマンスを実現できるのではないかと思うわけです。本当に優秀な人はred oceanの中でも激しい競争を生き抜けてしまうのですが、Itoはそこまで優秀な人じゃありません。「自分には周りの人たちみたいには傑出した才能がないのかもしれない……」と少しでも自覚しているのであれば、何かを始めるよりも先にblue ocean探索に力を注ぐのが得策です。

 

さて、Cureusに代わる投稿先として最近自分が気に入っているのが、投稿規定が英語以外の言語(ドイツ語やスペイン語など)で記載されているPubMed雑誌です。そういった雑誌は英語話者が絶対に参入してこないために、PubMed掲載でimpact factor付きのこともあるのに激戦区になっていないということが多々あります(英語話者は語学が苦手という法則を逆手に取るのだ!)。そして、最低限の第二外国語リテラシーNHKラジオ講座レベル)とgoogle翻訳があれば、投稿規定の解読も雑誌編集部とのやり取りもできてしまいます。Google翻訳の性能は「日本語 ⇔ 英語・他言語」だとまだまだイマイチなのですが、「英語 ⇔ ラテン語派・ゲルマン語派」だとかなりパフォーマンスが良いのでなかなか便利です。

 

他にお勧めの投稿先は、英語以外の言語のimpact factor付きPubMed雑誌が英文誌へとリニューアルした結果、一時的にimpact factorが消えているというパターンの雑誌でしょうか。英文誌で掲載論文のレベルが悪くないのに、impact factorがついていない場合はその雑誌の創刊年を調べてみるのが良いかと思います。創刊から1-2年の場合は、その前身となる雑誌がないか確認して、あったらその前身誌のimpact factorを確認してください。そういうケースでは前身誌にそこそこ高いimpact factor(1-5くらい)がついていることがあるのです……! その雑誌の真価を知っている人間しか投稿しないという、究極のblue oceanだと思いますが、如何でしょう?

 

なぜこんなにも雑誌の選び方にこだわるかというと、(力量不足に加えて)Itoが無課金勢だからというのが大きいですね。PubMed雑誌に投稿する際に、膨大な投稿料(数万~数十万円単位)を取られてしまう雑誌が結構多いので、課金勢か無課金勢かで論文の採択のされやすさに圧倒的な差が出てきてしまうのです。親リッチや科研費による財政基盤がある場合は、お金の力にモノを言わせてPubMed雑誌にどんどん論文を投稿することが可能ですが、そういった財政基盤のない本当の意味での駆け出し医者の場合は相当戦い方に工夫を凝らさないとアカデミズムの世界では絶対に勝てません(リアル人生ゲームというのはそういう仕様なので致し方なしです)。アカデミズムにも金銭面の格差が及んでいるというのは実に不都合・不愉快な話ですが、現実を直視してその中で上手に戦い抜くしかないのです(それにしても、自分の同業者たちがOFIDとかにバンバン投稿しているのを見ると何だか悔しくなりますね……あれは生半可なコストでは済まされないはず)。

 

ところで、よく質問されるのが英文校正費をどうしているのかという話です。自分は基本的に英文校正には出さないスタンスです。そこまでお金に余裕がないから。原著などの長い論文だとボロが出るので渋々数千円から数万円を出すことにしていますが、殆ど直されずに返ってくることもあって、本当に校正が必要なのか怪しむことがあります。加えて、英文校正をしていても雑誌編集部から英文校正せよとのお達しが来ることがあって、理不尽を感じることもありますね(良い校正業者も悪い校正業者もどちらもいるので、ネイティブという理由だけでその英語を盲目的には信用しない方が良いと思います)。そういった事案があることを踏まえると、先に提出してから必要時に英文校正に出すというスタンスでも良いのかもしれません。なお、最近流行りのGrammarlyは、活用することを強くお勧めします。これは年間5,000円~1万円くらい(50%割引券を使うかどうか)で簡単に英文チェックをしてくれるプラットフォームで、初歩的な文法ミスや複雑すぎる表現を上手く修正してくれるので、非常に便利です。課金嫌いのItoの数少ない課金のひとつで、なかなか手放せないです。

 

そんな感じで、病院総合内科は財政基盤にモノを言わせないタイプの戦い方でアカデミズムに参入しています。論文を書きたい初期研修医の先生がいらっしゃったらお声掛けください! 是非一緒に頭脳戦をやりましょう!(ひとりで論文を書くのに飽きてきて、そろそろチーム戦をやってみたいという寂しさが……)