つくばホスピタリストの奮闘記!

筑波大学附属病院 病院総合内科に所属する専攻医によるブログです。まだ創設間もない病院総合内科での活動を発信していきます!!

医療現場におけるシフト制の問題

本日の質問:毎日お米をタッパーで持参しているのはなぜ?

回答:職員食堂でご飯1杯にかかる70~80円が勿体ないから。1か月でだいたい1,500円くらいの節約になるので、月3回くらいは休日の1,000円ランチを1,500円ランチに格上げできてちょっぴり幸せになります(実際には格上げしないで貯金等に回すことが多い)。あと、節約していると、節約すること自体がゲーム感覚になってきて、だんだん楽しくなってくるものです。塵も積もれば山となる。将来の留学資金の足しにでもなれば良いなぁ。

……そんな話を看護師さんにしたら、「えぇー、医者でしょー! 何してんの!」と言われました。すみません、医者の懐事情も色々と大変なのです。

 

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アジフライ専門店(?)「さくら」、魚が肉厚で美味しかったです

 

働き方改革に伴って、医療現場は主治医制からシフト制へと切り替わりつつある。主治医制の場合は夜間に患者さんが急変した際に、主治医に電話がかかってきて、その主治医が病院に出ていかなければいけない。ある意味、365日24時間無休の勤務形態であり、当然ながらこのような在り方は働き方改革によって駆逐されつつある。シフト制によって医療従事者のQOLは飛躍的に向上したと言ってよいだろう。

 

ただ、シフト制にも幾つか問題点があり、医療従事者に対するデメリットは比較的少ないのだが、患者さんに対する不利益につながってしまう可能性がある点には留意しなければならない。その中でも最大の問題点として、刹那主義的な診療が行われてしまう可能性がある点を強調したい。

 

患者さんが入院するのは、病気を克服して元の日常生活を取り戻すためである。病気を治して「ハイ、おしまい」ではない。日常生活を取り戻せない場合でも、可能な限り機能予後を良くした状態で自宅なり施設なりに帰さなければいけない。従って、患者さんが入院した時点で、医療チームはその患者さんの社会復帰した姿を思い描きながら、そのためにどのようなプロセスを踏んでいくのが良いのかを考えていなければならない。入院から退院までのひとつの太い道をイメージし、それが断裂しないよう細心の注意を払わなければならないのだ。

 

ところが、シフト制になってしまうと医療従事者間で大方針が共有されにくくなってしまうという問題点がある。例えば、慢性心不全の患者さんで、輸液し過ぎないよう細心の注意を要するような場合。リハビリ中に立ち眩み(起立性低血圧)が起こった時に、主治医制の場合であれば安静臥床を指示しそうなシチュエーションでも、シフト制の場合は輸液を全開スピードで落としてしまうことが想定される(その結果、心不全を悪化させて寝たきりにしてしまって、最終的に院内でお看取りになるかもしれない)。カルテ端末の掲示板などを利用して、関係しうる医療従事者全体で大方針を共有していれば解決できるのでは、と考える人も多いと思うが、実際にそれで上手くいくかというと、どういうわけか上手くいかないのが人間社会の難しいところだ。そういうわけで、Itoは(「自分だったらどう対処するか」というのとは別個に)「自分以外の人間がこの状況を見たら何をしそうか」を数シナリオばかり予測しておいて、あらかじめそういったシナリオに流れる可能性を潰すようにはしているつもり。

 

とりわけ刹那主義の問題が特に浮き彫りになるのが、尿道バルーンカテーテルなどの留置デバイス絡み。プライマリケアが大好きな読者の頷く顔が、このブログを書きながらありありと想像できてしまうのだが、留置デバイスは医原性の感染症やせん妄などの有害事象に結びついてしまうので、なかなか厄介だ。さらに困ったのは、医療従事者の中でも刹那主義的な考え方が蔓延っていること。日常的なやり取りの例として、「尿道バルーンカテーテルを留置したい」と提案されたら、Itoは「何を目的として、いつまで留置する?」と聞き返すようにしていて、それが明確にされるまでは首を縦に振らないことにしている(明確な理由があるのなら、留置するのもやぶさかではない)。何かを開始する時は、出口戦略まで考えておいてもらわないと困るのだ。しかし、そういった教育が蔑ろにされていることも否めず、結局 尿道バルーンカテーテルを抜去したら夜間のうちに復活しているという、悪名高い「ゾンビカテーテル現象」が起こってしまう。

 

高齢社会になって、確かに難しい患者さんが増えた。認知症の延長で怒りやすくなっていて、誰もが手をつけたがらないような患者さんも少なくはない。だからといって(非常に悪い言い方で恐縮だが)爆弾回しゲームのような刹那主義的診療を連日やっているのもおかしな話だと思うのだ。「面倒臭いから睡眠薬漬けにして眠らせておけ」的な診療がまかり通っている医療現場から脱却することを目指して、つまりは10年後の医療現場が変わることを目指して、研修医教育には力を入れていきたいと思っている。