今日はItoの数多ある趣味のうちのひとつ、漢方の話をさせてください。漢方薬と聞くと、「本当に効くのか分からない」とか「胡散臭い」とか、人によっては「妖怪の使う薬」とまで言われてしまうこともあるのですが、多分それは知らないがゆえの誤解。生薬単位まで突き詰めて勉強してみると、漢方医学がかなり理屈っぽくて体系だった学問であることが分かると思うのです。そういうわけで、漢方医学について語りたいことを少しだけご紹介。エビデンスの確立した話というよりかは経験の要素が大きいので、あんまり科学的な感じがないかもしれません(漢方医学を科学の言葉に翻訳する作業が必要だと思っています)。もしかしたらItoの気まぐれで続編があるかもしれません。
※ 漢方医学の西洋医学的エビデンスを知りたい方は、日本東洋医学会のエビデンスレポートをご参照ください。
まず、漢方薬が効かないという人がいると思うのですが、その理由のひとつとして内服方法が適切でないというのがあります。漢方薬の多くはお湯で溶いて、食間に飲むものです(各県の薬剤師会で若干見解が異なるようですが……)。極端なことを言ってしまえば、各生薬は食材に近いものなので(キノコとかシナモンとか)、お腹の中で他の食べ物と混ざってしまうと効果を発揮できず不都合なのです(これも異論があります)。それと、漢方医学が効かない第二の理由は診断の誤りです。術後腸閉塞予防に大建中湯、逆流性食道炎に六君子湯……大半の医師はそういう西洋医学の診断名に対して漢方薬を選ぼうとすると思うのですが、本来ならばそれは邪道で(業界ではこれを「病名処方」と呼びます)、漢方薬は東洋医学の診断名に対して使われなければならないものなのです。例えば、五苓散という漢方薬を使う場面は、『傷寒論』に従うと、乏尿と口渇が同時に生じている時です。そこに西洋医学的な病名が必須というわけではないのです。
もう少し総論的なネタを挟んでいきましょう。漢方薬はゆっくりと効いて体質をじんわりと改善していくなんて多くの患者さんが言っているのですが、必ずしもそうではありません。例えば、芍薬甘草湯は足がつった時になめるとすぐに治ってしまいますよね。他には、咽頭痛が生じた時に桔梗湯を飲むと一瞬で痛みが消えます。このように、速効性のある漢方薬が幾つかあるのですが、概ね共通する特徴としては構成する生薬の数が少ないというのがあります。芍薬甘草湯も、桔梗湯も、構成生薬は僅かに2種類です。逆に構成生薬が10種類とかになってくると、効果が緩徐になる傾向にあります。十全大補湯という漢方薬があって、名前通り構成生薬が10種類なのですが、速効性は期待できません。むしろ、長期間内服することによって、貧血と無気力をゆっくりと癒してくれる漢方薬なのです。またまた極論を言ってしまいますが、一般に構成生薬が少なくて単純な漢方薬は速効性があって、効能がかなり明確かつ狭い。構成生薬が多くて複雑な漢方薬はゆっくり効いて、効能が不明確かつ広い。そんな感覚で捉えると良いと思います。
先程話題にした十全大補湯についてもう少し補足すると、構成生薬は黄耆、桂皮、 地黄、 芍薬、朮、川芎、当帰、人参、茯苓、甘草の10種類になります(ところどころ読めないでしょ?)。このうち、地黄、芍薬、川芎、当帰の4つだけピックアップすると四物湯という貧血を治す漢方薬になります。十全大補湯から四物湯を除くと、黄耆、桂皮、 朮、人参、茯苓、甘草が残ると思うのですが、例えば黄耆と人参は気力を回復することでよく知られている組み合わせです(補中益気湯などに見られます)。桂皮と甘草の組み合わせは頭や胸に集まり過ぎた気を降ろしてくれます。朮と茯苓は体液の偏在を是正してくれます。要するに、十全大補湯は気・血・水という東洋医学の三大要素に対応した漢方薬ということになるわけです。こういった説明を通じて漢方好きな人間の思考回路を少しでも分かってもらえたら嬉しいけれど、この思考回路になるには半年くらいは漢方薬で遊ばないといかんのですよね。
漢方薬は、構成生薬の役割に注目して他の類似した漢方薬と比較することで、かなり理詰めで理解することが出来ます。抗菌薬の勉強も割と理屈っぽいのですが、漢方薬はもっともっとロジカルなのです。今日はこれくらいにしておきますが、Itoの気まぐれでこの記事の続編が出るかもしれません。Itoは桂枝湯とその派生を得意処方としているのですが、そういった桂枝湯ファミリーを題材に漢方薬の魅力を伝えられればなんて考えています。あくまで続編があればの話ですがね……