つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

グルテン・フリー・ダイエットはカラダに良いのか?

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芝生の匂い × 屋台の匂い = 少年時代のワクワク感覚! @流山でお仕事後

 

自分は胡散臭い健康情報が大好きである。なんというか、全く信用していないのだけれど、健康情報を見かけるとつい自分の生活に取り入れて役に立つかどうか検証してしまう癖がある。こういった胡散臭い健康情報をきっかけに、普段経験することのない生活習慣を取り込んでみて、その新鮮さを楽しんでいるといったところだろうか。健康情報を面白がっている、という表現が自分の場合は当てはまる。

 

それで最近聞いた胡散臭い健康情報の中に、グルテン・フリー・ダイエット(※)とか、カゼイン・フリー・ダイエットというものがある。トップテニスプレーヤーであるジョコビッチグルテンを食事から除去することでパフォーマンスを向上させることができたという逸話をきっかけにこういった情報が広まっているようで、本屋さんに行っても、YouTubeで検索をかけても、「小麦はやめなさい」とか「牛乳の恐ろしい真実」とか、そういったコンテンツをたくさん見ることができる。

※ ここでいう「ダイエット」は「痩せるための食事制限」ではなくて「食事」の意

 


そもそもなのだが、「科学的に証明された食習慣」というのはいったいどういうものを指しているのだろう。例えば、グルテン・フリー・ダイエットでよく言われているのは、グルテンに含まれる蛋白(グリアジン)と小脳に含まれる蛋白が似ているので、体がグルテンを取り込みすぎると免疫機構がグリアジンを異物と認識するようになって、その免疫機構が体を作るグリアジン類似の蛋白も異物と見なして攻撃するようになるということらしい —— まぁこれは、言ってしまえば「ミクロの視点」だ(小麦が体に悪いミクロの理由は、論文を読む限り他にもありそうなのだが……今回は割愛!)。

 

「ミクロの視点」から分かることは、あくまで「理論上起こりうる」というところまでに過ぎない。実際に現象が起こるかどうかは、こういった「ミクロの視点」だけでなくいわゆる「マクロの視点」からも検証しなければいけない。具体的には、ヒトを2つの均質なグループに分けて、それぞれグルテン・フリー・ダイエットを食べてもらうグループと、グルテン・フリーを意識せずに暮らしてもらうグループに割り当てて、両者がどうなるかを年単位で追跡して比較しなければいけない。ここまでしないと、「理論上起こりうる」から「実際に起こる」への橋渡しができないのだ(もう少し簡便な方法や厳密な方法もあるが、やはり説明が煩雑なのでこれも割愛)。

 

なぜ健康情報が乱立して胡散臭くなっているのかというと、「科学的に立証された」という文言が「ミクロ」と「マクロ」のどちらのレベルでなのか明言されていないことも一因になっているのではと思う。そういうわけで、「ミクロ」と「マクロ」の両方面から証明されていない健康情報は話半分に受け止めておくのが良いだろう。特に、胡散臭い健康情報の中でも実害(栄養面とか金銭面とか)を伴わないものであれば、「どっちでもいいや」くらいに考えておくのが良い。例えば、コロナ禍初期に納豆買い占め事件があったが、別に納豆を食べること自体には全く問題ない —— 他の人が納豆を食べられなくなるから問題になるのであって、ね。

 

さて、グルテン・フリー・ダイエットとか、カゼイン・フリー・ダイエットについてはどれくらい「マクロの視点」から証明されているのだろうか。あれだけグルテンカゼインに関してネガティブな情報が溢れているものだから、気になってつい論文とかを読み込んでしまった。せっかくなので、総説ベースではあるけれど、少しばかり紹介していこうと思う。

 

グルテン・フリー・ダイエットは、もともとはセリアック病という欧米人に多い病気に対する治療法として生まれた概念である。だから、セリアック病のヒトを対象としたグルテン・フリー・ダイエットのデータは非常に多い —— というか、セリアック病に対して科学的に立証された対処法は、今のところグルテン・フリー・ダイエットだけのようだ。セリアック病のヒトがグルテンを摂取し続けると重度の腸管炎症が惹起されてしまうことが知られていて、場合によっては1型糖尿病など他の免疫疾患を発症してしまうとのこと。

Gluten intake, in particular prolamin, is a well-known triggering antigen that initiates adaptive T cells (Th1-mediated) immune response in individuals carrying HLA-DQ2 or HLA-DQ8 against small bowel cells. This in turn leads to an architectural distortion in celiac disease (CD). Epithelial cell damage is the first event to occur within the small bowel, leading to antigen increased intestinal permeability and malabsorption (even in the absence of severe inflammation). Some studies suggest gluten may affect diabetes development by influencing proportional changes in immune cell populations or by modifying the cytokine/chemokine pattern towards an inflammatory profile. Gluten-induced intestinal inflammation might in fact play a primary role in the pathogenesis of type 1 diabetes, by islet-infiltrating T cells expressing gut-associated homing receptors. This is why untreated CD increases the risk for other autoimmune disorders and long-term complications.

(Rostami K, et al. Nutrients 2017;9:846)

 

では、非セリアック病の患者さんに対するグルテン・フリー・ダイエットのデータがあるかというと、残念ながらこちらは非常に少ない。というか、非セリアック病の患者さんに対するグルテン・フリー・ダイエットの有用性は確立しておらず、強いていえば「過敏性腸症候群」とか「機能性ディスペプシア」といった、ストレスを感じると下痢とか便秘になりやすい類の病気の症状軽減に役立つかもしれないという程度に留まっている。

Current evidence suggests that gluten and other wheat proteins play an important role in triggering symptoms in some people without CD. There has been a rapid increase in dietary interest to use it as a treatment modality in the management of both irritable bowels syndrome (IBS) and functional bowel disorders.

(Rostami K, et al. Nutrients 2017;9:846)

 

セリアック病でなければ、グルテン・フリー・ダイエットのメリットは現状あまりないと考えてよいだろう。では、デメリットについてはどうだろうか。

—— 実はデメリットについても、セリアック病の患者さんに当てはまる知見ばかりで、非セリアック病の患者さんがグルテン・フリーにした時のデメリットはあまりよく知られていないのが現状だ。しかし、セリアック病の患者さんで発生する問題点が幾つか知られているので、それを列挙してみよう。ひとつは、グルテン・フリー・ダイエットは高GI食や脂肪分が多いので、太るかもしれない。他には、食物線維や各種ビタミン類、鉄分、亜鉛マグネシウムなど体に必要な成分が足りなくなってしまうかもしれない。そういったことが問題視されているようだ。もっとも、後者の栄養不足については、セリアック病特有の吸収不良も影響しているだろうから、セリアック病でない人に対してどこまで当てはまるかは分からない。

In particular, it is observed a decrease in vitamins and minerals with an increase of obesity risk due to the high glycemic index of the gluten-free diet and the high content of saturated lipids. Nutrient deficiencies, particularly low levels of fibers, folate, vitamin B12, vitamin D, calcium, iron, zinc and magnesium can persist in some subsets of treated CD patients.

(Vici G, et al. Clin Nutr 2016;35:1236-41)

 

なお、カゼイン・フリー・ダイエットについても、グルテン・フリー・ダイエットと同じように「マクロの視点」からは立証されていない(乳糖不耐症とかアレルギーの人は避けるべきにしても)。最近、自閉症の治療にカゼイン・フリー・ダイエットを用いる試みがなされているようだが、色のよい成果は出ていない。


まとめると、グルテン or カゼイン・フリー・ダイエットの健常者に対する有用性は確立していないというべきだろう。ただし、グルテン or カゼイン・フリー・ダイエットは別にコストがかかるわけではないし、メタボやビタミン不足などに注意していれば危険性もそんなに大きくはなさそうだ。「現時点では」メリットもデメリットもあんまりない(もっとも、5~10年後にどう言われているかは全く予測できないのでご注意を)。従って、グルテン or カゼイン・フリー・ダイエットを政策として進める必要は全くないけれど、個人が健康法でやっている分にはわざわざ止めなくても構わない —— そのあたりが妥当なラインと考える。まぁ、実際にそういった食習慣を取り入れて体調がよくなる人はいるみたいなので、騙されたつもりで試してみるのは悪くないだろう。

 

なお、これらの情報を集めた上で自分はどうしたかというと……、あろうことか、グルテン&カゼイン・ほぼフリー・ダイエット実践中(そこまで過激にはやっていないぞ)。具体的には、パンより米(可能なら玄米)優先にして、牛乳は豆乳に置き換えて生活している。特に何かメリットを期待しているわけではなくて、たまには生活様式をガラッと変えるのを楽しんでいるわけだ。なお、グルテン&カゼイン・ほぼフリーに切り替えてから大きく変わったことといえば、お腹を壊さなくなったことだろうか。お肌がスベスベになったとか、体が軽くなって空を飛べるようになったとか、そういう喜びの声的な実感は残念ながら皆無である。まぁ、こんなのは所詮、個人の感想に過ぎないわけで、話半分に受け止めといてください。