むかしから能力について疑問に思っていたことが2つある。ひとつめ、ロールプレイングゲームなどで強敵として立ちはだかってくるキャラを倒して仲間にすると、今度は異様なまでに弱体化していて全く役に立たなくなるのは一体なぜか。ふたつめ、一緒に仕事をしていてデキル人だと思っていた人が、管理職になった途端にあり得ない決断を下して現場を混乱させるようになるのは一体なぜか。
最初の疑問については「まぁ、そういう仕様じゃないとゲームバランスが崩壊するよね」と納得するにしても、ふたつめの疑問については何でだろうと大学生の頃くらいからずっと考えていた。とりわけ医者になってからは一層このことを意識するようになった。それで最近、この現象に名前とかついていないかなぁと思って「偉くなるとアホになる現象」とgoogleで検索してみたら、秒で答えが出てしまったわけだ。なんでも、「ピーターの法則」という名前がついているようだ。
ピーターの法則というのは、Wikipedia(2021年12月20日閲覧)によると以下のようなものらしい。
1.能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。したがって、有能な平構成員は、無能な中間管理職になる。
2.時が経つにつれて、人間はみな出世していく。無能な平構成員は、そのまま平構成員の地位に落ち着く。また、有能な平構成員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。その結果、各階層は、無能な人間で埋め尽くされる。
3.その組織の仕事は、まだ出世の余地のある人間によって遂行される。
これを知った感想としては、半分納得、半分不服といったところだろうか。ピーターの法則だけでは「偉くなるとアホになる現象」を説明しきるのも難しい気がする。偉くなると、足で情報を集め続けない限りは情報が入ってこなくなってしまうため、判断根拠が少ない中で奇妙な決断を下してしまうとか、そういう要素もあるのではと思ってしまう。逆に足で情報を稼ごうとする経営者は、大抵の場合は名君だ。自分の身近なところで名前を挙げるとしたら、茨城県立中央病院の元院長だった永井秀雄先生。長らくお会いはしていないが、今でも尊敬している。あと、病院総合内科の初代科長もこの点で本当に素晴らしい上司だった。
とはいえピーターの法則、なかなかに興味深い。この法則を逆読みすると「偉くなっても優れたままでいられる人物は、途方もなく優れた人物だ」とも言えそうだ。肩書きに耐えるほどに優れたトップは、本当の本当に稀少な存在なので、もし身近で見る機会があったら全力で奉公して、同時にその傍らで指導者としてのエッセンスをどんどん吸収していくべきなのだろう。安心して仕事をともにできる上司と出会ったら、そのまま仕事を続けるだけではなく、なぜその上司のもとでなら仕事を安心して続けられるのかを問い続けるのもまた、部下の役目なのだ。
さて、このピーターの法則は書籍にもなっているだけに、解決策も提案されているので紹介しておきたい。
1.現在の仕事に専念する者は昇進させず、代わりに昇給させるべきである。
2.新たな地位に対して十分な訓練を受けた場合だけ、その者を昇進させる。
3.昇進して管理能力の欠如が判明した際には、降格させる。
もっとも、これらの解決策は概ね納得というか、ありきたりなのかもしれない。ピーターの法則を直感的に知っている組織人は、出世しないようわざと無能を装って生産性を保ち続けることもあるようだが、これを「創造的無能」と呼ぶのだとか。
もうひとつ、これまで書いてきたように、現場と経営とでは求められるスキルなどが大きく異なってしまうわけだが、それでも現場と経営とで共通して求められるものは存在する。それが、理念だ。世の中にたくさんある企業の価値を見極めるには、財務だけでなく、その企業が社会に為す善がどれほどのものなのかを推し量るのがよいと言われているが、そういった理念とか価値観といったものは、現場に身を置いていても、経営に身を置いていても、必ず必要になってくる。
やはり、社会に善を為したいというモチベーションを仕事の推進力にしているような人物がちゃんと評価されるような組織の方が健康的な気がする。そういうわけで、来年度から病院総合内科に入ってくれる後輩たちには、スキルの習得はもちろんのこと、患者さんたちとのやり取りを通じて、自分なりの理念を温めてもらいたいなと思っている。あっ、そうそう、ピーターの法則のような罠に陥らないためにも、医学だけじゃなくて経営学や帝王学も一緒に学んでいけたらいいな。