つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

専門家は事態の裏で何をしていたのか

今年もコロナ禍が完全には収束することなく終わりを迎えようとしています。自分はあまりの寒さにガタガタ震えながら家で過ごしているくらいで済んでいるので良いのですが、世界的にはオミクロン株の流行への対応が物凄くキツいようで、最近はヨーロッパの先生方から "never ending fight against COVID-19" という言い回しを教えていただきました(病院総合内科は海外との連携にも力を入れているので、結構ナマの悲鳴が入ってきます)。日本での感染者はだいぶ減ってはいるものの、世界がこんな有様では、なかなか気を抜けないですね……。

 

コロナ禍がはじまる2020年3月頃から、日本では専門家(感染症内科医)に対する風当たりがなかなか強いように感じています。流行の初期には「PCR検査を増やさないのは陰謀だ」と(なんと味方だと信じていた医療従事者からも!)叩かれ、流行の半ばには「素人でも言えそうなコメント(手洗い・うがい・自主隔離など)しか言わない連中で何もしていない」と叩かれ、最近は「デルタ株が減った原因を明言しておらず事後検証の仕事をしていない」と叩かれているわけです。まぁ、誰彼構わず相手を叩こうとするこの風潮、自分としては「上級国民 vs. 下級国民」の感情が「専門家 vs. 一般市民」へと置換されているだけに見えるわけですが、これはどうにかならんのでしょうか(この構図が続く限り、日本は30年続く衰退コースから抜け出せないのでは)。

 

愚痴を言ってもしょうがない。実際のところ感染症内科医とかが何をしているのかというと、実際のCOVID-19症例も診るのですが、それ以上に時間を割いているのがルール決め(会議と書類作成)だと思います。例えば、Lancet Infectious Diseasesという感染症分野のトップジャーナルの最新巻に "A clinical case definition of post-COVID-19 condition by a Delphi consensus" という論文が載っていますが、これはWHOの人たちが集まって「コロナ後遺症とは何ぞや?」というのを議論しているわけです。同じような感じで、「COVID-19の軽症、中等症、重症とは何ぞや?」「COVID-19関連アスペルギルス症(カビ感染症)とは何ぞや?」みたいにやっていた。

 

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WHOの会議の議事録みたいな内容

 

これは推測なのですが、一般市民からしてみたら「現場では死人が出ているんだから、悠長に会議とかルール作りをやっているんじゃなくて、もっと最前線で汗水たらして頑張れよ」みたいな感覚なんじゃないかなと思います。実のところ、この感情には既視感みたいなものがあって、例えば戦国時代末期の朝鮮出兵の時に石田三成加藤清正らの怒りを買ったエピソードと似たようなものを感じます。この時の石田三成は文官として戦争のロジスティックスを担っていたわけですが、実際に戦ってきた諸将からしてみたら "安全な場所でヌクヌクしていた怠け野郎" にしか見えないわけです。なんだか、それにだいぶ近いのではないでしょうか。

 

ここでひとつ、"専門家は何もしていないんじゃないか" 説を考えるにあたって決して見落としてはいけない、悲しいお知らせ。専門家には政治的な権限が一切ありません。大事なことなので繰り返しますが、専門家という生き物は、助言はできても決定まではできません。要するに、政策の決定権を握るのは分科会ではなく政治家ですし、病院の方針を決めるのは感染症内科ではなく経営陣だというわけです。「専門家はコメントしかしない無責任な連中だ」という批判がありますが、「コメントまでしかできない」というのが表現としては正確。感染制御をするにあたっての最適解が各階層で必ずしも採られていなかった最大の理由もここにあるわけです。もっとも、政策の決定は経済や外交も加味しないといけないわけで、そういったところまで気配りするのは感染症屋にとって荷が重い。経済も感染も同時にコントロールできる為政者がいたら、それはもう歴史に名を残すに相応しい名君というべきでしょう。なお、コロナ禍初期の台湾はこの点においてかなり例外的で、政治の中枢部に疫学者がいるとやっぱり違うんだなぁと遠い目をして眺めていました。

 

自分がCOVID-19と最も関わりを持っていたのはコロナ禍の最初期だったわけですが、その時にどんなことが起こっていたのかというと……

新型コロナウイルス感染症は、あくまでコロナウイルスである。だから、感染ルートは接触感染と飛沫感染条件によっては空気感染なんだろう。

❷ ということは、接触感染 + 飛沫感染 ± 空気感染する他の病原体と同じように感染対策をすればいい。インフルエンザに対する感染対策と大きくは変わらないはずで、そこに結核に対する感染対策の要素を医療資源の許す範囲で加味すればよさそうだ。分かっていることを土台に堅実に作戦するぞ。

❸ 上記を踏まえて感染対策案を上奏すると、何故か反対される。

❹ 論文やガイドラインを引用して再度上奏するも、やはり反対される。

❺ 日本人なら科学より外圧で勝負するしかないかと考え直し、有名病院から取り寄せた感染対策の資料を上奏の折に添えるも、結局握りつぶされる。

❻ 以下、無限ループのような感じで繰り返し。

❼ 気がつけば感染症内科医の知らないところで謎のルールが策定されていて、現場が混乱している。問い合わせが感染症内科医に殺到するが、当の感染症内科医はそんなルールのことなど知らぬ。

❽ 謎ルールのうち、現実的でない部分を論文を片手に少しずつ剥がしていこうと上奏するも、予想通り反対される。以下、無限ループ。

❾ 謎ルールとの戦いに労力を割きすぎて、患者さんを診る前にして感染症内科医のライフポイントはゼロである。

❿ 各医療機関感染症内科医がZoomで集まって上層部への愚痴を言いまくる会が開かれる(間違っても日本を変えようなどと思うなと尊敬する先輩からアドバイスをいただいた)。

 

そういうわけで、皆様が思っているよりも遥かに専門家は無力です。それに、誤った情報を発信してはいけない関係上、COVID-19に関する発言には慎重な、責任感の強い専門家が圧倒的に多いです(見ているとやはり、表に出ず黙々と作業にあたっている人が多いです)。もちろん専門家なので、おのおのが独自に仮説を持っていることもあるのですが、最近は言ってもいないことを言ったことにされてしまうようなマコトに物騒な世の中なので、信頼できる相手以外にはなかなか心中を明かしづらいというのもありますね。自分はというと、自分の外来かかりつけ患者さんや過去に自分が所属していたコミュニティに限っては情報提供していますが、やはり怖いので、そのあたりまでに留めておくことにしています。

 

そんな感じで大変な状況が続いておるのですが、医療従事者の皆様、今年もお疲れさまでした。手洗いやうがいをしっかりして自粛していただいている皆様、心の底から感謝しています。来年こそは、みんなが明るい笑顔で過ごせますように。自分は今日で仕事納めにいたしました。