つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

舅との対話

現代日本において「反知性主義」という言葉をよく見かけるようになったのは、東日本大震災のあった2011年以降のことだったように記憶しているが、読書する人がめっきり減ってしまったことには寂しさを感じている。本気での会話を楽しむためにはやはり、背景知識とか問題意識のようなものを持っていなければ話にならないところがあり、人間というもの、学問をしていけばしていくほど、段々と孤独になっていくものだ。

 

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雪降って 街いっぱいの……とはならず(芯から冷える!)

 

そんな状況下でも、自分はかなり恵まれている方なのかもしれない。母親が国文科出身だから、文学とか哲学の話もある程度はできるし、自分の読書習慣は親から自然に伝染したものだ(親から読書しなさいと言われたことなんて一切ない)。加えて、うちの奥さんのご両親が学校教師で、特に舅は文学や哲学に造詣が深い。COVID-19の流行のせいで、なかなかご挨拶する機会はないのだけれど、年に1~2回ご挨拶に伺った際に、文学や哲学に関してある程度本気で意見を交換できるのは、読書家特有の孤独を癒すという意味で非常に心が救われるのだ。

 

読書をしていると、どんなに有名な作家でも読めない作家というのが出てくる。自分の場合は(東大出身で作品に出てくる場所の土地勘があるにも関わらず)夏目漱石を未だに読めなくて、そのことがコンプレックスになっていた時期もあったのだが、舅からは「作家ごとに癖が全然違うから読めない作家がいて当然」と当たり前のことを教えていただいた。やはり、こういった言葉を他の人からかけてもらわないと、なかなか開き直ることができないものだ。同時に「好きな作家を見つけたら、その師匠筋、弟子筋の小説を読むとよい」というアドバイスもいただいた。自分の場合は三島由紀夫の作品を結構読んでいて気に入っているのだが、「三島が好きなら川端康成でしょう」とのこと。

 

ちょうど家に新潮文庫の『雪国』があって(妻が何故か2冊持っていた……)、これから読もうと思っているのだが、それまで読んでこなかった作家の小説を読むのにもやはり他の人からの動機付けが必要だ。どうしても新しい一歩を踏み出すのにはエネルギーが必要なものであり、同じ作家・似たジャンルばかり読んでしまいがちな読書家にとっては、やはり読書仲間が必要なのだろう。専門に深化すればするほど集まった方が生産的になるという「秋葉原理論」は、どうも個人レベルでもある程度は成り立ちそうだ(梶井・松井『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』(日本評論社)の後半に書いてあった)。

 

ところで、自分が舅と会うと必ずといっていいほどディープな話に発展するのだけれど、(不思議なことに)深みに嵌まり過ぎないというところがまた心地よい。本気で会話を楽しんでいると、必然的に政治とか宗教とかの話も絡んでくるのだけど、ある程度そういった話題が深まったあたりで「そろそろこの話への深入りはやめようか」という暗黙の了解が双方にあるように感じる。例えば、米国や中国をどう思っているかの話もするのだけれど、あまり話が進みすぎると、愛憎で物事を語る方向へと知らず知らずのうちにシフトしてしまいがちだ(第二次世界大戦を語る上で「ハル・ノート」がどうのこうの、真珠湾がどうのこうのと話しはじめると色々とエスカレートしかねない)。

 

一度感情論が入ってしまうと、会話を続けるのも段々と苦痛になってしまうのだが、幸いにしてそういった事態は一度も発生していない。個人的には、最初から政治や宗教の話をタブーにしてしまうのではなく、どこまでフェアに議論できるか自分なりに境界線のようなものを持っていることが大切なのではないかと思う。政治や宗教を切り離して人文科学を論じるのは困難なわけで(ラーメンから麺を取り除いて食べるくらいには無茶)、客観性をそれなりに担保できる範囲で(!)こういった議論も積極的にしていくべきではと自分は考えている。

 

たまに会う人と読書の話をすると、次に会う時までにお互いどう変わっているんだろうというワクワク感が芽生えてくる。もっと本を読んで、もっともっとこの世界のことを知りたくなる。「朋有り、遠方より来たる、亦楽しからずや」—— この気持ちはきっと学問の孤独を対話によって溶かす心境を表しているんだろうなと、ここに至って気づかされるわけである。