つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

とんかつ漫遊

日々玄米を食べるくらいに健康意識の強い自分にも、不摂生がふたつある。ひとつは、珈琲。珈琲をたくさん飲むと大腸癌を予防するかもしれないと言われてはいるが、あまりに飲み過ぎると胃に悪い。それでも1日に3~4杯は飲んでしまうので、慢性的なカフェイン中毒と言っても差し支えないだろう。そしてもうひとつが、とんかつである。

 

外食はお金がかかってしまうので極力行かないようにしているのだが、それでも人と食べにいくことはある。料亭を除けば、接待の定番は寿司か天麩羅(焼肉はどうしても動物的で、センスがない)。しかし、寿司も天麩羅も高くつくので、どうしても一介の勤務医ごときには手が届かないものである。そこに行くと、とんかつはリーズナブルだ。世に様々なとんかつ屋があるが、とんかつの味には同じ価格帯でも雲泥の差がつく。温度、コロモ、そして肉、全てが調和して口に届かないといけない。従って、良いとんかつは、とても良いのである。そして、老舗のとんかつ屋は情緒を残していることが多いので、人との語らいにもとても向いているように思うのだ。

 

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ずっと入り浸っていたい「かつ吉」の雰囲気

 

東大にいる時から、歩き回ってはとんかつ屋を発掘していた。例えば、水道橋には「かつ吉」がある。ここは、川端康成三島由紀夫が通っていたことで有名な老舗で、今でも昼時になると行列のできる人気店なのだが、控えめで身の引き締まった、しかし柔らかいとんかつが、お新香とともにとても美味しい。神田の「かつ進」は、目の前で豪快に揚げられる派手なとんかつに圧倒される、まさに暴飲暴食欲を満たすための老舗。大塚の「三節」は、特大ボリュームでありながら脂っぽ過ぎないので、少食の自分でも山口多聞になった気分で2枚ペロリと行けてしまう。神楽坂の「さくら」、今は人気が出てチェーン化しているが、脂が不思議と甘くて艶っぽいとんかつが特徴である。この「さくら」は、山葵を加えた大根おろし醤油でアジフライを食べるという新境地にも挑んでいるが、これもサッパリしてなかなか粋な組み合わせだ。

 

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ボリュームは少し控えめだが、これが良いのだ(かつ吉)

 

こうして語っていると、東京ばかりではないか、茨城のとんかつ屋はどうしたという声が聞こえてきそうである。もちろん、茨城にも美味しいとんかつ屋はある。基本的にはチェーン店である「とんQ」ばかりが目立ってしまうが、それ以外にも美味しい老舗はたくさんあるのだ。ちなみに自分は「とんQ」に決して行かないようにしている。「さくら」には通っているくせに、「チェーン店に行くのは負けだ」なんてつまらんところで意地を張っているわけだ。

 

茨城県北でとんかつを食べるとしたら、水戸赤塚にある「井華水」一択だろう。井戸水は未明に汲んだものが最も澄んでいると昔の人は考えていたようで、その水のことを井華水(せいかすい)と呼ぶのだが、名が体を表すとはまさにこの老舗のこと。一言でいえば、華美でなく、無駄の削ぎ落されたシンプルな味わい。とんかつが揚げ物であることを忘れてつい口に運んでしまうような、そんな逸品である。赤味噌仕立ての味噌汁は、関東人の舌にはあまり慣れない味かもしれないが、どこか懐かしい、温かみのあるテイストである。

 

県南のとんかつ屋は現在開拓中だが、今のところ「かつ善」が結構気に入っている。大通りに面していながらなかなか静かで寛げる店内になっており、あたかも車の喧騒を昔ながらの建築が吸収しているかのようだ。夏は涼しく、冬はほのかに温かい。平成初期に大部分が失われてしまった、昔ながらの建築を肌で感じられる貴重な老舗で、人目を盗んで大の字になって寝そべっていたいくらい。COVID-19の影響で、表立っては研修医の先生方とも食べに行けなくなってしまったが、感染者数が少ない時を見計らって、研修医の先生方を連れてこの店に来ることがある。そして注文は、特・ヒレかつ定食に限る。他のも悪くないが、「かつ善」はヒレかつが圧倒的に美味いのだ。そういうわけで、この店の中では皆の希望を無視して特・ヒレかつ定食を全員分注文してしまうことにしている(研修医諸君よ、他のメニューは諦めてくれい)。

 

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特・ヒレかつ定食、実は味噌汁と漬物も結構美味しい(かつ善)

 

本当に美味しいとんかつは、必ずしも強い食欲を要さない。そういったとんかつ屋さんを見つけて、心地よい静けさの中で色々と語り合うのもなかなか楽しいものである。