つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

大動脈解離によるCRP上昇 — 治療対象か、否か

最近、病院総合内科からInfectious Diseases Now(旧:Médecine et Maladies Infectieuses, IF 2.152)に臨床研究をひとつ出しました。もともとはoriginal articleとして出すつもりでしたが、テーマが新しくてdiscussionを充実させづらかったという事情もあり、research letterとしてpublishしています(先行研究のないテーマで論文を書くとそうなりがちですよね……泣)。編集長の意向もあって形式をこのように変更したわけですが、特に査読者からの修正依頼もなく一発でacceptされたのは良かったです。また、感染症関連の論文ということで、病院総合内科のメンバーがICDの資格を取得するにも一役買うことができそうなのも良かったなと思っています(少しでもメンバーのキャリアに貢献できたのなら、本当に嬉しいです)。

 

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マイナーながらフランス感染症学会の機関誌らしい(ありがとう、フランス!)


さて、この臨床研究の論文、タイトルは "Antibiotic use without the diagnosis of specific infectious diseases among aortic dissection patients" です。病院総合内科が病棟を運用していると大動脈解離症例の保存的加療もよくやるのですが、どういうわけか抗菌薬が多用されがちなことに気がつきました。それも80-90%くらいの確率で、アンピシリン・スルバクタム or ピペラシリン・タゾバクタムです。しかし、大動脈解離自体はそこまで多い疾患ではありません。大動脈解離症例ではCRP 20 mg/dLくらいの炎症反応を認めはするのですが、大動脈解離の発症と同時に何らかの感染症を発症するというのは、ちょっと考えづらい。従って、大動脈解離症例で使われている抗菌薬は、本当は不適切なのではないかという疑問が生じるわけです。この疑問が、研究を進めていく原動力になりました。

 

ところで、「不適切な抗菌薬」という言葉は結構難しいし、危うい概念だと思います。全身状態が悪い患者さんでは、感染症の強い確信がなくても「感染症であったら致命的なので」ということで、抗菌薬を使わなければならないことがあります(just-in-case antibiotics)。「不適切な医療を減らして適切な医療に資源を集中することで、持続可能な医療をしていこう」という考え方を医療現場における "stewardship" と呼んでいて、これは特にItoにとっては十八番ともいえる内容なのですが、いわゆるstewardship研究の難しさは「適切か不適切か」の線引きの難しさにあります。従って、stewardship研究の中でも介入を伴う研究では、「抗菌薬を何%削減できました」というエンドポイントも大切なのですが、「抗菌薬が減っても死亡率は変わりませんでした」みたいなエンドポイントも設ける必要があります。今回の研究ではそういった検証まで手が回っていない関係もあって、タイトルも保守的なものをつけた次第です。言い換えれば、"inappropriate antibiotic use" という言葉を使わずに論文を仕上げる必要があったわけですね。

 

それで、この研究では血液や尿などでの培養検査が陰性で、身体所見や画像でも明らかな感染症がなかった場合に「感染症なし」ということにしました(大動脈解離症例ではかなり頻繁にCTを撮影するので肺炎探しも比較的容易だという点に着目しています)。そういう状況下で使っている抗菌薬を問題視して集計したわけです。逆にいうと、尿培養が陽性なら全然感染症らしくない状況でも「感染症あり」としているので、いわゆる無症候性細菌尿(原則として抗菌薬を使わなくてもよい状況)に対して抗菌薬を使っている状況は「まぁいいか」と許容してしまっています。つまりは、過去のデータを使った研究にありがちな限界を含んだ研究だという点には注意が必要です。

 

こういったルールのもとで集計したところ、「感染症なし」と見なされる状況下での抗菌薬使用症例が全体の20%くらいいることが分かりました。特に炎症に伴って胸水が新出した症例で抗菌薬が使われやすいようで、恐らくは肺炎を想起して抗菌薬を使う医師が多かったのではないかと推測しています(ただし、実際にCTで肺炎と見なしうる病変が見つかった症例は1例だけでした)。こういった抗菌薬使用は入院後1~2週間のあたりに多く見られており、それは「大動脈解離発症からCRPが上昇するまで3日くらいかかる」というのと、「肺炎に対する抗菌薬投与期間は3~7日間である」というところから綺麗に説明することができます。逆に、入院後3週間以降の抗菌薬については、(主科がどこであるかを問わず)大部分が感染症を疑うに足る状況下で使われていました。

 

大動脈解離症例のデータを見ていると、CRPがだんだん上昇してきて気味が悪くなることもあるのですが、全身状態が悪化したり、局所症状が出現したりしないようであれば、抗菌薬なしで少し様子を見ても良いのではというのがこの研究の結果を踏まえた主張です(特に入院して日が浅いうちは)。要はデータだけではなくて患者さんをちゃんと診よう、ということです。惜しむらくは、例えばプロカルシトニンなどの検査を使って抗菌薬の必要性を判断できないかという視点でも研究したかったのですが、残念ながらそういった項目を測定していた患者さんが意外と少なくて、諦めました。実はこの研究を実施するにあたって「プロカルシトニンも拾ってみては」というアドバイスを複数の先生方からいただいていたのですが、こちらは前向き研究をする時に考えたいと思います。いずれにしても、自分の中でモヤモヤしていた日常の疑問がひとつ解消できたのは良かったなと感じています。

 

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この1週間の読書、やはり好奇心を満たしている時こそが至福

 

おまけ:今週の読書

日本(職場や家庭を含む)はCOVID-19のせいで大荒れしているし、世界はロシアとウクライナの問題でやはり大荒れしているし、結局いまこの世で一番平穏なのは自分の心の内側なんだろうなーという結論に落ち着きました(嘆)。読書して知的好奇心を満たしながら、このしんどい嵐をやり過ごそうと思います。つくば市立図書館、本当に有難いインフラです(感謝)。

  • 大空のサムライ』— 零戦パイロットの体験談。生き残った人物が戦場でどう考え、どう振る舞っていたか。西伊豆健育会病院の仲田和正先生が「外科系の必読書」と称賛しているのを見たことがあるが、内科系でも得るものがある。
  • 『決断の本質』— 意思決定のプロセスを詳述しており、咀嚼しながら読み進めた。反対意見が出ずにスルスルッと通るような案に対しては一度懐疑の気持ちで見直すべし。ケネディ外交の失敗と成功が特に勉強になった。
  • 『日本経済最新講義』— ただただ暗い日本の未来、けれど日本の諸問題には解決策がしっかりとある。今の日本はそれを実行に移せていないだけで、その前段階として既得権益者を一掃しなければいけない、と。とりあえず、選挙に行かないと罰金にして、若者が選挙に行くような流れを作るのは概ね賛成かなぁ。
  • 『新しい地政学』— ロシアとウクライナの問題をもう少し深く知りたくなったので読み始めた。こういう分厚い本を読まないと、骨太な知識を得ることはできんのよな。地政学の入門書も3冊くらい読んで大雑把なところは掴んだが、全然物足りなかった。