つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

我が家の世界史ブーム

少し前から、我が家では世界史ブームだ。自分がCNN10を欠かさず視聴するようになったのは1~2年前くらいからだと思うが、妻もある日を境に日本のニュースを見なくなり、代わりにCNN10を見るようになった。妻は妻で、自分とは独立に日本のニュースの質の低さに気がついてしまったのだろう。何しろ、日本のニュースは国会での与野党の足の引っ張り合いばかり映しているわけで……進歩のひとつもなくてウンザリする。でも、日本が同じ場所で足踏みしている間に、世界では色々なことが起こって情勢もダイナミックに変化している。そういうわけで、半年と少し前くらいからは夫婦でCNN10を見ながら夕食を食べるようになった(土日を除く)。10分くらいの短いニュース番組だし、パーソナリティもずっとCarl Azuzという陽気で聞き取りやすい人なので、CNN10は割と万人にお勧めだ。

 

海外のニュースを見ていると様々な地域で紛争が起こっていることに驚かされる。そういった紛争のニュースを見るたびに、「日本人はこういったことに無知でも普通に生活できてしまう」という事実に驚愕したり、「医者は本当に医療以外のことは何も知らないんだろうな」と推測して嘆いたりと、色々な感情が湧き上がってくる。確かに海外のニュースを見ても明日明後日の行動は変わらない。世界のどこかで突然テロが起こったとしても、医者としては粛々と目の前の患者さんを治していくだけだ。ただ、自分が10年後にどうしているかといったことに思いを馳せようとすると、海外で起こっている出来事は自分の身にもそれなりの関係があるかもしれない。例えば経済情勢なんかは、世界を動かすルールと言っても過言ではないだろう。いずれにしても、そういった海外で起こっている紛争を理解するには、歴史や宗教、民族に関する知識もある程度必要なわけで、「知れば知るほど、知りたくなる」という無限ループへと嵌まっていく。

 

それで、CNN10を見ていた妻が突然「世界史を勉強する!」とか言い出して、『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』(SBクリエイティブ)を一気呵成に読破したのがほんの1か月前の話。勢いの止まらない妻が「国語便覧みたいな世界史の本が欲しい!」とか言っていて、気がつけば家に『最新世界史図説 タペストリー』(帝国書院)が置いてあるというのが現在の我が家の状況だ。ワケが分からない。夕食を食べていると、何の脈絡もなしに妻が「ビザンツ帝国がどうのこうの、キエフ公国がどうのこうの」なんて言い出すものだから、自分も困り果ててしまい、高校世界史の教科書を読破して知識を叩き込むことにした。さりとて、知識を叩き込んだところで所詮は付け焼き刃。妻と世界史の議論をしていると「うーん、専門家の解釈が聞きたいなー」とか言われてしまって、その度にちょっと凹んでしまう。

 

そんな我が家の状況なので、2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻のニュースも気になってしょうがない。ゼレンスキー大統領の投稿する自撮りの映像をみて「やった、今日も生きている!」と毎日生存確認するのがこの数日の習慣になってしまっている。国際世論やアノニマスの動向なども見ながら、間接的にではあるが、21世紀の戦争がどういうものかというのを夫婦で目に焼きつけているところだ。ゼレンスキー大統領の行動を見ていると、リーダーに相応しい態度とはどのようなものか考えさせられる。

 

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リムランドが紛争地帯と重なるのは偶然なのか必然なのか……よく分からん

 

ゼレンスキー大統領がキエフに(恐らくは)残って戦っているのを見て、コンテクストは全然違うものの、徳川慶喜の行動と対照的だなと感じた。徳川慶喜戊辰戦争の際に、兵力的に優勢だったにも関わらず前線から退却したことで知られており、それが幕府軍の士気を大いに下げたと言われている。この退却のせいで、幕府は勝てるはずの戦いに敗れたわけだ。もっとも、徳川慶喜の場合は「幕府が残ることよりも日本という統一国家が無血で成立することが大事だ」と考えていた節があり、そういう意味では正しい選択をしたともとれる。身内である幕府の人間から見たら徳川慶喜は腰抜けのトップかもしれないが、大局的にものを考えられる人間からは徳川慶喜が名将に見えていたかもしれない。とはいえ、「自分はここにいるぞ」と所在を示すことがリーダーの大きな役目であることが、ゼレンスキー大統領の一連の行動からよく分かった。このことは、よく覚えておかないといけない。

※ 補足しておくと、判官びいきの自分は徳川家が大嫌いである。ただ、徳川将軍家の中で徳川慶喜は偉い人だなと思っている(大局観と決断力が凄いから)。サザ・コーヒーの「徳川将軍珈琲」をいつも飲んでいるのも、徳川慶喜への敬意を表して(?)のこと —— 深煎りのフレンチテイストで、インスピレーションを掻き立てられる風味だ。

 

ウクライナ危機からの学びは戦時のリーダーシップだけに留まらない。この機会に地政学の本をたくさん借りてきて、片っ端から通読しているところだ。地政学というのは、国際政治を地理的見地から考察する学問のことで、例えば日本が米国と中国の狭間でどう生き残るかなんかはまさしく地政学の扱っているテーマど真ん中である。色々と地政学の本を読んでいて気になったこととして、今の戦争は昔と違い経済的な駆け引きの重要性がかなり増しているという点が挙げられる。ウクライナ危機を受け、「日本が中国に蹂躙されないためには今こそ核武装を!」みたいな発言をニュースのコメント欄によく見かけるようになった。自分はど素人なので核武装とか憲法第九条とかに対する意見は差し控えておくが、例えば日本がもっと海外と繋がって、経済力をつけて豊かになったら、それ自体が紛争に対する抑止力になりうるのではないかとは思った。つまり、他国が日本に攻撃をすると日本経済が壊滅するが、その攻撃した側の経済も壊滅するみたいな感じで。もしそういった「経済的道連れによる抑止力」が可能なのだとしたら、日本の政策も(分配なんて言っていないで)成長を優先するべきではないか —— そんなことをソファに寝転がってぶつぶつ呟いていたら、皿を拭いていた妻に「馬鹿なことボヤいてないで、そんなことは安全保障の専門家に任せればいいじゃないの!」と呆れられた。まったく、その通りである。