つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

発熱外来という名の戦場よな

これはもう地獄絵図である。COVID-19の流行状況がまたピークに向かっていく中で、患者が発熱外来に殺到しており、医療機関が機能していない。200床規模の病院にちょくちょく発熱外来のアルバイトで行っているのだが、直近のアルバイトでは、勤務を開始する前から病院の玄関口に人だかりができていて、「入らないでください!」と群衆を制止する警備員が3人くらい。その少し外れたところでは、小学生くらいの子供たちが縁石に座って、母親に「暑いよー、なんで入れないのー」と文句を言っている。これはマイルド・バイオハザードでも見せられているのか? どこかの映画で見たような光景は、その後の地獄絵図を予感するには十分すぎるものだった。

 

この人数になってくると、さすがにコロナウイルスに対してPCRを回している余裕なんてない。今となってはPCRという言葉が人口に膾炙して、この検査がいとも簡単にできるシロモノのように錯覚されているが、本来であれば決して安価とは言い難い検査である。それを国が潰れる覚悟でお金を使って、無理矢理やっていた。が、それも限界が見えつつある。小規模病院ではもはやリソースが尽き果てつつあり、これからは簡易的な抗原検査での戦いが主体だ。

 

発熱外来を開始するにあたって、看護師さんから注意をいただいた。「PCR検査を希望する患者さんがいますが、院内のキットが尽きてしまっているので必ず断ってください」—— おぉ、もうそこまで至ってしまったか。物量には敵わないものだ。そういうわけで、抗原検査が主体どころか、抗原検査しかできない状態になってしまっていた。

 

発熱外来の仕事はいたって単純だ。玄関口で実施した抗原検査の結果を患者に伝える。陽性だった場合は発症日からカウントして自主隔離期間を伝えるのだが、もはや外来に来るほぼ全ての患者が陽性だ。それで、症状に応じた治療薬を処方する。発熱や咽頭痛、頭痛ならアセトアミノフェンカロナール®)、咳ならデキストロメトルファンメジコン®)、痰絡みや鼻詰まりならカルボシステインムコダイン®)。このあたりも機械的である。最後に、本来であれば「○○という症状が悪化した際には……」と説明を加えるのだが、残念ながらそこまでする時間的余裕はない。自分の場合は説明用紙を印刷して配布、その旨をカルテにコピペして対応している。

 

そんな感じで、惨状の戦場をこなすこと1時間……つまり、患者を20人診終わったところだったが、看護師さんから衝撃的なアナウンスが。「メジコン®の在庫がなくなりました!」—— 前代未聞のこのアナウンスには、さすがに言葉を失ってしまった。この病院は、発熱患者に対しては院内処方で対応している。普通は処方箋を出して、院外にある薬局で薬剤を出してもらうのだが、発熱患者を拡散するわけにもいかないから、院内処方で対応しているというわけだ。しかし、院内の在庫が切れた。ロジスティクスが破綻している。1日当たりの推定必要錠数をサッと計算して、急遽薬剤部に連絡して調達してもらって(調達ルートは謎ながらなんとかかき集められた)、1時間後には診療を再開できたのだが、こんなの、冗談じゃない。

 

1時間の診療の遅れは、致命的なタイムラグになる。なんといっても、100人を越える発熱患者が押し寄せてきているのだ。ここからは1人あたり1分でやらないと間に合わない。そういうわけで、自分のブースを仕切り板で2つに分けて、ほぼ同時進行で複数人を診療するスタイルに切り替えた。救急外来でたまにやる、反復横跳び診療だ。言葉で説明している暇もなかったので、「(そこの椅子に)お掛けになってください」みたいな内容は手でのジェスチャーで済ます。いつもの3倍くらいの早口言葉で診療する。たまに聞き返されるが、再度説明する余裕なんてありゃしない。待機患者の待ち時間を確認しながらも、少しでも短い台詞で診療できるよう頭の空きスペックをフル回転させて効率的な台詞を考える。

 

そんな感じで、1人あたり1分、2時間で100人くらい診察完了。無理ゲーである。しかし、無理ゲーといいつつも、人間が死に物狂いでやれば辛うじて対応できてしまうレベルでもある。そう、ギリギリ対応できてしまうからこそタチが悪い。いっそ医療が完全に崩壊してしまって、一億人が猛省するような状態になった方がいいのではとすら感じてしまうくらいなのだ。そして、いまの発熱外来でやっていることは単純作業。とにかく量だけが意味不明で、(こんなこと言うと同業者から怒られそうだが)高い質はそこまでは求められていない。残念なことにまだ医療行為のできるC3POはいないのだけれど、こういった作業ゲーって自動販売機にでもやらせておけばいいんじゃないのかと感じてしまう時だってある。まだ第7波がはじまって日数が浅いのに、そんな邪なことを考えてしまうくらいには、多勢に無勢である。

 

幸いにして、発熱外来中に患者から罵倒されたことはないが、場所によっては医療従事者が患者から罵倒されている事態が生じていると聞いている。発熱外来での診療が雑だから? —— そんなの、発熱外来前の人だかりを見れば分かりきったことじゃないか。医療従事者が人間である以上は、多忙を極めると診療の質が落ちるのは当然だ。コロナ利権の恩恵を受けているから? —— 少なくとも最前線で働いている人は恩恵を受けているわけではないし、もし恩恵を受けているのなら自分だって今頃大富豪だったはずなのだよ(そうすると、バイトをする必要なんてないわけで)。まぁ、コロナ利権というのは現場にとって無縁の概念だ(偉い人たちの世界を知らないので、本当にコロナ利権なるものが存在するのかもよく分からん)。

 

なんとか外来診療が終わり、ひとつ気になったので看護師さんに聞いてみた。
—— この発熱外来は当番制ですか? 看護師さんは平等に扱われていますか?
「全然平等じゃない。ヒエラルキーの上の方は免除されていて腹が立ちますよ!」
「私もそこそこ歳なのに、なぜか配置されてなんか納得いかなーい!」
……やっぱり、医療機関を問わず現場というのはいつも経営陣とか偉い人に不満を抱えているんだなぁと再確認。まぁ、今後自分が赴任する診療科は、教授が最前線で槍働きしているという “これまたどうなんだろう” と思ってしまう状況ではあるのだが、偉い人が前線から逃げ出してしまうような現場では、総じて士気が低いものだ。猛暑の太陽とは対照的に、日本の当面の見通しはなかなか暗そうである。

 

発熱外来の鬱はローストビーフで晴らすしかない……!