つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

腸球菌について少しだけ

Dr.'s Prime Academiaで抗菌薬のレクチャーをしているのですが、直近の回では参加者が250名にも達していて、正直驚いております。それだけ抗菌薬のレクチャーに需要があるということを再認識するとともに、観ていただいている皆さんにとって有意義な時間となるよう努めていかないといけないなと感じた次第です。

 

その抗菌薬のレクチャーの中で、腸球菌に関するご質問をいただいたので、紹介させてください。レクチャーの中で「腸球菌とリステリアはペニシリン系ならカバーできるけど、セフェム系ではカバーできないぞ!」とシツコイくらい強調していたのですが、それに関連して「腸球菌感染症ペニシリンアレルギーの患者さんがいたら何を使えばいいんですか?」とご質問いただいたわけですね。一応、自称・ペニシリンアレルギーの患者さんの中に真のペニシリンアレルギーの人はあんまりいないというトピックもあるのですが、それは今回は割愛しましょう。結論としては、感受性が分かるまではバンコマイシンなどの抗MRSA薬を使うことになります。これに関連して、ちょっとだけ腸球菌の魅力を語らせていただければと思います。

 

まず、腸球菌というグループについてですが、大きく分けるとEnterococcus faecalisE. faeciumという細菌がいます。もちろん、他にも腸球菌に分類される細菌はいるのですが、あんまり見る機会もないのでそこらへんも割愛です。臨床検体で検出される比率で考えると、前者のフェカリス菌が80-90%くらい、後者のフェシウム菌が10-20%くらいです。それでフェカリス菌が大半を占めているので、Dr.'s Prime Academiaでも断りがない限りは「腸球菌 = E. faecalis」というルールで進めさせていただいております。腸球菌は、名前に「腸」とあるくらいなので、大腸菌と感染臓器が結構被っていて、腹腔内感染症や尿路感染症で見かける機会が多いです。あとは感染性心内膜炎を意外と起こしやすい点にも注意ですね。フェカリス菌による菌血症の10%くらいに感染性心内膜炎を合併するみたいですよ(心音異常や持続菌血症の時は注意!)。

 

ところで、フェカリス菌とフェシウム菌で、どっちの方が臨床的に手強いかと言うと、これは圧倒的にフェシウム菌です。フェカリス菌であればペニシリン系抗菌薬でカバーできるのですが、フェシウム菌の場合はほとんどペニシリン系に耐性でバンコマイシンなどを使わなければなりません。もちろん、両者ともセフェム系には耐性ですが、これはペニシリン結合蛋白がセフェム系を結合させない仕様になっているからと考えられています。

 

また少し話を戻すと、バンコマイシン不要のフェカリス菌と、バンコマイシン必要のフェシウム菌です。自分は記憶力が悪いので、「フェウム菌 — バンコマイシン必要 — 面倒臭くてねる」と些か不謹慎な覚え方をしているのですが、両者を培養検査結果が出るまでに区別できると、結構有利ですよね。

……それで、実際に区別できてしまうのです。グラム染色を本気で見れば、ね。

 

フェカリス菌の方が細長い。フェシウム菌は太っていて菌どうしが隣接


フェカリス菌の方が何となく細長く見えて、菌どうしは少し距離がある印象です。その一方で、フェシウム菌はもう少しズングリしていて、菌どうしが密接している印象です。このような状態になっているのを、前橋赤十字病院の林 俊誠先生は「フェシウム菌は落花生に見える!」と仰っていて、「落花生サイン」と名づけられていました。日本感染症学会の出している感染症学雑誌の2019年 第93巻 第3号に論文が掲載されておりますので、ご参考までに。まぁ、落花生サインを知らなくても目が肥えてくれば両者の鑑別は比較的容易です(エンテロバクター緑膿菌の鑑別の方が個人的には難しい)。

 

ところで、最近はバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が問題になっています。これはバンコマイシンの使い過ぎのせいだ!ということになっているのですが、バンコマイシンを使い過ぎる状況として、Clostridioides difficile腸炎(CD腸炎)がひとつ考えられます。例えば、下痢がないのにCDトキシンが陽性だったからバンコマイシンを使うとか、そういう不適正使用のせいなんじゃないかという議論があるわけですね。そういうわけで、CD腸炎に対する抗菌薬適正使用に関する研究では大抵の場合、アウトカムにVREの出現率が入っているように見えます。バンコマイシンを節約するとVREが減ったという研究も、減らなかったという研究も、どちらもあるのですが、いずれにしても今後の米国感染症業界ではバンコマイシンの使用量をなるべく減らす方向へとシフトしていきそうな雰囲気が漂っております(CD腸炎ガイドラインも頻繁に改訂されているし……)。

 

最後に、グラム染色をやってみたいと思った皆さんのために参考書籍をご紹介いたしましょう! 『感染症診断に役立つグラム染色』(Signe)は1種類の細菌に対しても複数の染色像を紹介していて、「グラム染色の有用性と限界」というものがしっかりと伝わってくるアトラスです。医師で使っている人は凄く少ないのですが、微生物検査技師さんの多くはこの本を使っています。なんというか、同じ細菌のグラム染色像でも染色条件が変わると見え方が微妙に違うんですよね……そのバリエーションを知るにはこの本が一番だと言いたいわけです。この本に(第2版時点では)落花生サインは載っていませんが(笑)、ご参考になれば幸いです。