つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

キノロン嫌いによるキノロン談話

はじめに

Dr.’s Prime Academiaで連続レクチャー「抗菌薬物語」をさせていただいておりますが、皆様のおかげで打ち切りとならずに第3回を迎えることができました。初回「ペニシリン系」が参加者50名、第2回「セフェム系」が250名、第3回「経口βラクタム系と非βラクタム系」がまさかの700名と、夜遅い時間にも拘らず数多くの方々にご参加いただけて感謝感激の至りでございます。

ただ、参加者が増えることによって、質疑応答も多様性を増してきたような気がいたします。様々なニーズもあるかとは思いますので、言葉足らずだったところは「バイキン屋。」に含まれる様々なコンテンツを用いて追加解説を試みたいと考えています。そもそも最近になって突然「バイキン屋。」を始めたことについて何の説明もしていないのですが、それについては追々説明する機会を設けさせていただこうと思います。

「抗菌薬物語Ⅲ 経口βラクタム系と非βラクタム系」では多くの質問をいただきましたが、その中でも特に重要な質問として、「キノロン系の使い分けをどうするか?」というのと、本題とは関係ないご質問ながら「周術期抗菌薬を術後24時間以内に終了するというのは、口腔内などの頭頚部手術でも成立するのか?」という2つがありました。このブログ記事では「キノロン系の使い分け」について少し補足説明させていただけると幸いです。なお、「周術期抗菌薬」についても次のブログ記事で補足説明しようと思います

 

Contents

 

臨床で使うキノロン系はそんなに多くない(ハズ)

キノロン系抗菌薬には様々な抗菌薬が含まれます。検索してみると、日本で使用可能なキノロン系としては、オフロキサシン、シプロフロキサシン、ノルフロキサシン、ロメフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシン、ガチフロキサシン、プルリフロキサシン、パズフロキサシン、ガレノキサシン、シタフロキサシン、トスフロキサシン、ラスクフロキサシン、ナジフロキサシン(塗布)、オゼノキサシン(塗布)……調べてみてビックリ! こんなにあるんだって驚いてしまいますね。知りませんでした

そう、バイキン屋さんはこの膨大なキノロン系抗菌薬に対しては無知なのです! 実際のところ、キノロン系抗菌薬そのものを使う機会が少ないので(なるべくβラクタム系で感染症診療を完結させたい……!)、キノロン系抗菌薬を使い分けるという状況自体もあんまりないというのが正直なところですね。ただ、それでも使うキノロン系抗菌薬というのがあって、個人的意見も多分に含まれますが、シプロフロキサシン(シプロキサン®)とレボフロキサシン(クラビット®)は使えるようにした方が良いと思います。また、場合によってはモキシフロキサシン(アベロックス®)を使う場面があるかもしれません。そういうわけで、本記事では、これらの3つのキノロン系抗菌薬の違いを明確にしていきたいと思います。

 

前提知識としての細菌分類

細菌を分類する方法は色々とありますが、一番臨床家にとって馴染みがあるのがグラム染色に基づく分類でしょう(グラム染色をやっていなくても意識するのではないかと思います)。グラム陽性・陰性×球菌・桿菌で、2×2 = 4つの分類があるわけですね。ところが、実際に臨床をやっていて困ることが多いのは、グラム陽性球菌(ブドウ球菌など)とグラム陰性桿菌(大腸菌など)による感染症です。グラム陽性桿菌やグラム陰性球菌による感染症はそこまで多くは出会わないわけです。

まとめると、グラム陽性球菌とグラム陰性桿菌を気にしていれば大体はOKということになります。ただし、培養検査ではあまり頻繁に検出されない細菌として、嫌気性菌というグループには注意を払う必要があります。ここでいう嫌気性菌というのは、嫌気性環境でしか生存できない偏性嫌気性菌のことを指していて、大腸菌のような好気性環境でも生きられる嫌気性菌は除いています。こういった狭い意味での嫌気性菌 —— 例えば、横隔膜から上にいるアクチノミセスや横隔膜よりも下にいるバクテロイデスのような細菌に対しては、それなりに注目しておいた方がよいかと思います。

従って、臨床感染症を相手にする時には、細菌を「グラム陽性球菌」「グラム陰性桿菌」「嫌気性菌」の3グループに分類するのがオススメです。こうすると「その他」に入ってしまうような細菌も数多く出てくるのですが、臨床での遭遇頻度が比較的少ないことから、初学者は飛ばしてしまってもよいのかなと思います。この細菌の3グループに則って抗菌薬を分類すれば、キノロン系に限らず抗菌薬の全般が見通し良くなるに違いありません。

 

3つのキノロン系抗菌薬

先ほど、覚えるべきキノロン系抗菌薬として、シプロフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシンを挙げさせていただきました。実はこの順番が歴史上での開発順にもなっていて、キノロン系抗菌薬は軒並みグラム陰性桿菌を狙っている抗菌薬なのですが、新しくなるに従ってグラム陽性球菌(特に肺炎球菌)に対する活性が強くなっていくという特徴があります(なので、モキシフロキサシンは肺炎に使いやすいキノロン系 = レスピラトリーキノロンと称されることもあります)。また、モキシフロキサシンは嫌気性菌(横隔膜から下のもの含む)に対する活性が、シプロフロキサシンやレボフロキサシンよりも強化されているという特徴もあります。図示すると以下の通りです。

誤解を恐れずに簡略化するとこんな感じです

抗菌薬は、なるべく狭いスペクトラムで使うことを心がけます。そう考えると、尿路感染症のようにほぼグラム陰性桿菌に起因菌を絞り込める状況ではシプロフロキサシンを使いたくなりますよね。それで、グラム陽性球菌もやや否定しがたい状況ではレボフロキサシン、腹腔内感染症誤嚥性肺炎のように嫌気性菌も絡んできそうな状況ではモキシフロキサシンという使い分けになるのかなと思います。ただし、モキシフロキサシンは肝代謝で尿にあんまり出ていかないという性質ゆえ、尿路感染症には使わないお約束になっています(腎機能で用量調整しなくて済むというメリットの裏返しです)。

 

キノロン系と「感受性 or 耐性」の議論(ちょいマニア)

ところで、臨床感染症には「最小発育阻止濃度」という言葉があります。これは、細菌が発育できなくなるような最低限の抗菌薬の濃度という意味です。つまり、その数値が低い抗菌薬であれば、その細菌を殺す/鎮めやすいという理屈になります。それで、その数値をもとに、細菌の抗菌薬「感受性」とか「耐性」とかを決めていくことになります。

「感受性 or 耐性」を分けるにあたっての「最小発育阻止濃度」のカットオフ値を決めているのが、米国のCLSIと欧州のEUCASTです(日本感染症学会/化学療法学会もここらとは別個にカットオフ値の提案を出しています)。CLSIとEUCASTでカットオフ値が一致していることも、ズレていることもあるのですが、感染症診療に従事するメンバーはこういった機関から出されているガイドラインを参照しながら、「感受性 or 耐性」を判断しているのです。ただ、ここでひとつ問題があります。

実は、米国のCLSIの「感受性 or 耐性」のカットオフ値が、(腎機能正常症例において)レボフロキサシンを750 mg/日で投与した場合を想定して制定されているのです。日本でのレボフロキサシン投与量は通常500 mg/日なので、ズレがあるわけです。日本の医療機関の多くはCLSI準拠で細菌の感受性検査の結果を返していると思うのですが、レボフロキサシンに「感受性」だからといってレボフロキサシン500 mg/日で十分に治療しきれるとまでは言い切れないという問題があるわけです(もっとも、実臨床で失敗した経験がないので、そんなには気にしなくてもよいのかもしれません……)。ちなみに、このCLSI問題が生じているのはレボフロキサシンだけなので、シプロフロキサシンやモキシフロキサシンでは気にせずとも大丈夫です。

 

シプロフロキサシンのちょっと使いにくいところ

シプロフロキサシンは、グラム陰性桿菌 —— 特に緑膿菌を狙う場合には有力な治療選択肢になるのですが、いざ使おうとなるとちょっとだけ使いづらさを感じることがあります。まず、bioavailabilityの問題です。レボフロキサシンやモキシフロキサシンの場合は100%近いので経口薬でも静注薬並みのパフォーマンスを期待することができるのですが、シプロフロキサシンの場合は70-80%程度と若干低めになっております。このbioavailabilityの低さによる実害を感じたことはないのですが、腸管からの吸収が悪そうな患者さんでは何となく使いづらいです。

加えて、シプロフロキサシンを静注薬として使おうとすると、それなりの量の溶媒が必要になるというのも悩ましい点です。例えば、シプロフロキサシンの点滴キット製剤をみると、400 mgを200 mLの生理食塩水に溶かしているので、これを1日2回投与だと400 mL/日の生理食塩水になってしまいます。心不全患者さんなどでは輸液を制限したい場面も多いでしょうから、そういった患者さんでは「スペクトラムをもっと狭く!」と意地になり過ぎずにレボフロキサシンを使ってしまっても良いのではないかと感じることがあります。

まとめると、経口投与すると腸管からの吸収が若干劣るシプロフロキサシンと、CLSIが750 mg/日の使用を想定してしまっていて日本と投与量にズレのあるレボフロキサシンということになります。どちらもちょっとだけ問題ありということで、(緑膿菌感染症を狙う場合には)結果的に五十歩百歩という印象ですね。

 

地味に問題の多いキノロン

キノロン系の副作用を簡単にまとめさせてください。Dr.’s Prime Academiaの講義でも簡単に触れましたが、ST合剤の副作用が派手なのに対して、キノロン系の副作用は地味です。地味なんですけど、取り返しのつかない副作用が結構あるので、用心深くしないといけないんですよね。

薬物相互作用

色々と相互作用してしまうので、添付文書も適宜見ていただきたいのですが、特に注意を要するのがワーファリンと酸化マグネシウムです。どちらも高齢社会での必須薬ですよね。ワーファリンと併用するとPT-INRが過延長を起こします。キノロン開始翌日にPT-INRを測定したら10近い数値になっていて肝を冷やした先生方も少なくないハズです。また、酸化マグネシウムを使用している患者さんにキノロンを経口投与しても、カチオン形成によって腸管から吸収されないという問題が生じます。急いで感染症を治療しようとしたのに、まったく抗菌薬が効かないじゃないか!となってしまうわけですね。

薬剤性QT延長症候群

抗菌薬が人を殺すことなんて……と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、心不全患者さんや不整脈患者さんにキノロン系抗菌薬を使用すると、心室細動を起こして突然死ということがあり得ます。キノロン系抗菌薬は気軽に使える抗菌薬ですが、使用前に心電図を確認する癖をつけておくべきです。

結合組織障害

昔からアキレス腱断裂がよく知られていましたが、大動脈瘤や弁膜症などの心血管疾患との関連も研究されるようになりました。ちょっと前にJAMA Internal Medicineに「キノロン系で結合組織障害が起こるというよりは、背景となる感染症で結合組織障害が起こるのでは?」という研究論文が掲載されていて物議をかもしていますが、いまのところはFDAが「マルファン症候群の患者さんにキノロン系は使わないように!」という警告を出しているくらいなので、暫定的に「関連あり」としておくのが無難でしょう。

結核の診断を難しくする!

結核菌にキノロン系が中途半端に効いてしまうんですよね。それで、耐性化しやすい結核菌に対しては多剤併用療法が大原則なのですが、キノロン系を使ってしまうと耐性結核を生み出す懸念があります。さらに、中途半端に効くということは抗酸菌検査に引っ掛かりにくくなるということなので、結核の診断を大幅に(1~数週間)遅らせてしまうのも大問題です。日本は結核大国なので本当に要注意です。

意外と大腸菌が耐性化している!!

キノロン系は凄く便利な抗菌薬なので、みんな使ってしまうんですよね。そうすると、いつの間にか大腸菌が耐性化してしまっているわけです。大腸菌のレボフロキサシン感受性率は60-70%くらいとかなり低くなってしまっています。アンピシリン・スルバクタムも大腸菌の耐性化が著しいのですが、同じことがキノロン系でも見られているわけです。

 

さいごに

キノロン系抗菌薬は便利な抗菌薬なのですが、便利ゆえに温存したい抗菌薬ともいえます(このブログ執筆時点では緑膿菌に活性を持つ唯一の経口抗菌薬!)。尿路感染症には確かにキノロン系が効くかもしれませんが、そういう時はもう少しスペクトラムの狭いセファレキシンやST合剤を使用するのが良いでしょう。肺炎にもキノロン系は効きますが、これはアモキシシリン・クラブラン酸で対応可能です。蜂窩織炎に対しては、セファレキシンやクリンダマイシンです。緑膿菌が絡みそうな場面と患者さんがアレルギーでβラクタム系を使えない場面を除けば、キノロン系を使う場面ってそんなには多くないはずなのです。だいぶボリュームが増してしまいましたが、バイキン屋さんにとってのキノロン系はこんな理解です。ご参考になると幸いです!

イチオシの一冊

開業医の先生方は経口抗菌薬を使う機会が多いかもしれませんが、参考になる書籍としては岩田健太郎先生の『抗菌薬マスター講座』(南江堂)をお勧めいたします(自分は学生時代に初版を何周も読んで勉強していました)。改訂で縦書きになったのは残念ですが、内容はかなり実戦仕様です。クリニックに1冊あれば、大きな助けになると思います。また、もっと詳しくて深いキノロン談話をご希望の方には、KANSEN Journalの黒田先生の記事がオススメですので、是非覗いてみてください!