つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

尿路感染症に対する予防的抗菌薬投与

はじめに

「抗菌薬物語Ⅲ」のレクチャーをした時に様々な質問をいただいていて、「キノロンの使い分け」とか「頭頚部手術の周術期抗菌薬の延長」とかに関しては回答させていただいていたのですが、「尿カテ長期留置 or 膀胱瘻の症例における尿路感染症予防の抗菌薬投与」に関するご質問をいただいていたことを思い出しました(うろ覚え)。誤嚥性肺炎に対する予防的抗菌薬投与に関しては脳梗塞症例を中心として臨床研究が色々となされているので「やめておきなされ!」と回答できたわけですが、尿路感染症予防に関しては自分もあんまり文献を読んでいなかったので、この機会に勉強させていただいた次第です。

 

Contents

 

そもそも尿路感染症を繰り返す原因とは

皆さんもご存じの通り、尿路感染症を繰り返す原因は多岐にわたっています。有難いことに、2020年にJAMAから出ている論文が「女性における繰り返す尿路感染症の原因」というテーマでまとめてくれているので、それを使わせていただきますね!

Aslam S, et al. JAMA 2020;323(7):658-9.

性交渉

性交渉は尿路感染症のリスク因子ですが、とりわけアナルセックスには注意が必要です。ここで地味に怖いのが若年女性の膀胱炎治療で、性交渉後に膀胱炎を起こしている場合には、催奇形性のある抗菌薬を使う前に妊娠の可能性を探るようにした方が無難です。特に、頻用されるST合剤やキノロン系抗菌薬を使う場合は妊娠の可能性を聴取の上で、催奇形性のリスクを説明しておくのが良いでしょう(あるいはセファレキシンやセファクロルを使うとか)。

解剖学的・機能的異常

泌尿器系に閉塞機転や逆流機転などがあると尿路感染症を起こしやすくなります。具体的には、前立腺肥大症、膀胱尿管逆流症、膀胱憩室などです。また、神経因性膀胱などで尿が貯留しがちな場合も尿路感染症の温床となり得ます。これらの原因に対しては、尿路感染症を治療するだけでなく、その背景疾患も治療しないと尿路感染症を繰り返すことになります。また、尿管結石を背景として生じた腎盂腎炎は尿流に伴うドレナージ効果を得られないために難治性となりやすく、砕石術や腎瘻造設術などの外科的介入を考えなければいけません。腎移植後の尿路感染症もしばしば見ますが、無症候性の場合の治療は必須でないとされています。

バイス関連

尿道バルーンカテーテルなどの人工物は「血が通っていない物体」なので、病原体が付着してもそれを除去する作用を持っておりません。従って、容易に尿路感染症を生じることになります。実際に、尿道バルーンカテーテルを留置した場合、1日あたり膿尿の症例が3%ずつ増えていって、30日間尿道バルーンカテーテルを留置した場合にはほぼ100%の症例が膿尿となることが知られています。不要な尿道バルーンカテーテルは使わないに越したことはないということです。

 

一般の高齢者の尿路感染症に対する予防的抗菌薬

どんな患者さんが研究対象なのかには注意

以上述べたように、尿路感染症を繰り返す背景は様々です。従って、その予防的抗菌薬の適応に関してはそれぞれのセッティングごとにエビデンスを確認する必要がある点に注意が必要です。さりとて、繰り返す尿路感染症の一般論も我々にとっては気になるわけですよね……。それで調べてみると色々な研究論文があるのですが、個々の研究をみていくよりはメタアナリシスを確認してしまった方がよさそうな印象です。なので、ここではBMJ Openに掲載された論文を少し紹介しますね —— 「65歳以上の高齢者における」繰り返す尿路感染症に対する予防的抗菌薬の是非になります。

高齢女性では予防的抗菌薬が有用かも

Ahmed H, et al. BMJ Open 2017;7(5):e015233.

このメタアナリシスでは最終的に2-3つのランダム化比較試験しか含んでおらず、おまけに対象症例が女性だけという状態になっているので、男性に適用できないエビデンスになってしまっているのですが、どうも高齢女性に対する予防的抗菌薬投与は副作用を大きく増やすことなく尿路感染症を予防できるようです。NNTは8.5人なので、尿路感染症をしつこく繰り返す高齢女性に対して予防的抗菌薬を使うと、10%くらいの確率でいいことがあるということになるのかもしれません。

どんな抗菌薬を使って予防するのか

それぞれの研究で使われている抗菌薬を見てみると、ニトロフラントイン 50-100 mg/日またはST合剤 480 mg/日(バクタ®錠 1錠/日)となっています(※)。ニトロフラントインは日本で使えない抗菌薬ですが、少量のST合剤であれば、皆さんもニューモシスチス肺炎予防で使い慣れていることかと思います。従って、腎盂腎炎かなんかで入退院をひっきりなしに繰り返す高齢女性に関しては、ST合剤を内服してもらうのも一手なのかもしれません。もちろん、ST合剤耐性菌には無効ですし、起因菌がST合剤に耐性を獲得していく可能性もあります。

※ これは他の論文からの引用なので整合性に注意を要するのですが、セファレキシンを予防的に使う時は250 mg/日でも効果があるようです。

Hooton TM. N Engl J Med 2012;366(11):1028-37.

 

間欠的自己導尿をしている患者さんについては……?

都合よく該当論文を発見!

高齢者における一般論の話ができたところで、今度はもう少し特定のポピュレーションでのエビデンスを探してみました。そうすると、間欠的自己導尿をしている患者さんを対象とした研究論文を見つけることができたので、それを紹介します。先のBMJ Openよりも後にLancet Infectious Diseasesから出たランダム化比較試験です。

予防的抗菌薬で尿路感染症が半減! ただし……

Fisher H, et al. Lancet Infect Dis 2018;18(9):957-68.

この研究における予防的抗菌薬群ですが、様々な抗菌薬(アモキシシリン、アモキシシリン・クラブラン酸、セファレキシン、ニトロフラントイン、ST合剤など)がごちゃ混ぜに使われております。それで、結果的には尿路感染症が半減したという華々しい成果を残しているんですね。なので、間欠的自己導尿をしている患者さんには予防的抗菌薬を投与した方がよいという結論になりそうなのですが、ここで注意しないといけない点があります。実は、アウトカムを「発熱を伴う尿路感染症」の患者さんに限定すると、予防的抗菌薬のメリットが明らかではなくなってしまうのです。「発熱を伴わない尿路感染症」というのは膀胱炎のことだと推測されるので、予防的抗菌薬の恩恵としては「膀胱炎を減らすことができる」というものに留まる可能性があります。実際にこのことがLetter to the Editorで指摘されております。

予防的抗菌薬で薬剤耐性菌は増える模様

Fisher H, et al. Lancet Infect Dis 2018;18(9):957-68.

このLancet Infectious Diseasesの研究論文で大変興味深いなと思ったのが、予防的抗菌薬による耐性菌増加のデータです。どんな抗菌薬でも耐性菌が増えているように見えるのですが、とりわけアモキシシリンとST合剤による耐性菌増加が著しいように見えてしまいます。他の抗菌薬を予防的に使っていても長期的に耐性率が10%くらい増えているようなデータとなっておりますが、抗菌薬ごとにこれだけの差が出てしまうなんて驚きです。ちなみに、キノロン系のデータはないようですね……キノロン系は他の抗菌薬よりも早期に耐性をとられやすいイメージがあります。

尿道カテーテル留置症例における予防的抗菌薬

尿路感染症と無症候性細菌尿の定義がごちゃ混ぜに

尿道カテーテル留置症例における予防的抗菌薬の効果については、Cochrane Database of Systematic Reviewsからメタアナリシスが出ているので、それを参考にするわけですが、どうも非手術症例においては質の高いエビデンスが確立していないようで、手術症例を中心として考えないといけないようです。それで、手術症例では予防的抗菌薬を使用することで「無症候性細菌尿」が80%くらい減るようなのですが、これはあくまで我々の言うところの「尿路感染症」とは別のアウトカムを見ているという点に注意が必要です。症候性の尿路感染症を減らすという古いデータもあるのですが、単施設のランダム化比較試験であり、症例も子宮全摘術後の患者さんだけに限られているようなので、この研究だけで結論を導き出すのも危ういように思います。

色々とあったが、まとめると……

予防的抗菌薬を使用すると、膿尿が解消されるので尿検査のデータも綺麗になって、気分的には良いのですが、実際的に患者さんのメリットになるのかは怪しいというのが現段階での結論になりそうです。膀胱炎みたいな軽い尿路感染症は減らせそうですが、耐性菌のリスクを冒してまで予防しにいく価値があるかどうか……そんな感じのbalancing actになるように思います。ただし、一番最初のBMJ Open 2017の結果を見る限り、腎盂腎炎を拗らせて繰り返し入院してしまっているような高齢者には予防的抗菌薬の投与を考えて良いのかもしれません。

 

抗菌薬以外の予防法

確立されていると思われているもの

予防的抗菌薬の適応は、これまで見てきたように、尿路感染症の予防効果と抗菌薬の副作用や細菌の薬剤耐性化リスクとのbalancing actです。逆に言えば、抗菌薬でない方法で予防できるのであれば、少なくとも細菌の薬剤耐性化リスクを低減できるわけで、そういった方法も昔からたくさん研究されています。ここからはUp to Date®の転記にしてしまいますが、女性の繰り返す尿路感染症に対しては飲水を励行したり、性交渉を控える or 性交渉後に速やかに排尿したり、陰部を清潔にしたりといった行動が有効です。閉経後女性であれば、骨粗鬆症予防も兼ねてのエストロゲン製剤もありです。この中でも、飲水励行なんかは比較的患者さんに指導しやすく、なおかつ効果も絶大なので、水中毒に注意してもらいながら外来指導するのがよいかと思います。

確立されていないが期待されているもの

有効性を証明されていないながらも検証され続けている予防法としては、メテナミン、クランベリージュース、D-マンノース、プロバイオティクス製剤などがあります。メテナミンについては現在進行形で論文がどんどん発表されているのを見かけるので、そのうち有効性が確立されることがあり得るのかもしれません。

他の感染症医は何と言っているだろうか

手元に岡先生の『感染症クリスタルエビデンス 治療編』(金芳堂)があるので、この機会に少し読み直してみたのですが、上記の内容以外に「先制治療」が紹介されていました。尿路感染症を繰り返す患者さんでは、自己診断の正診率が85-95%あるので、経口抗菌薬を予め渡しておいて、発症した際に自己判断で内服を開始してもらうという手法のようです。医療機関を受診せずに抗菌薬が始まってしまうので、培養検査を提出できていない = 耐性化に気が付けないという問題はあるのですが、再発を繰り返す大腸菌の約70%が過去培養と同じ薬剤耐性プロファイルになるらしいということで、症例を選んで検討するのはありかもしれません。

 

おわりに

「抗菌薬物語Ⅲ」の時には少しお茶を濁した感じの回答になってしまったのですが、改めて勉強してみるとなかなかニュアンス面も含めて深いんだなぁと感じました。今後とも、聴講してくれる皆さんのご質問から色々と学ばせていただこうと思います。