つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

アルブミンと抗菌薬の用量

はじめに

「抗菌薬物語 I + II」(復習編)を2022年8月19日にレクチャーさせていただきましたが、裏番組がジブリであったにもかからわず850名もの方にご参加いただきました。今回ご参加いただいた皆様はきっと「となりのトトロ」を犠牲にして今回のレクチャーにご参加いただいたことと思うのですが、「抗菌薬も実は宮崎駿監督作品並みに面白いのではないか……!?」と思っていただけたらとても嬉しく思います。ところで、また例のごとく多くご質問をいただきました。今回の記事では「アルブミン血症ではセフトリアキソンの効果が減弱することってあるのか?」という疑問についてご回答させていただこうと思います(他にもう2つばかりのご質問に回答する予定です)。自分も勉強していて思ったのですが、このテーマはなかなか複雑で奥が深い。思った以上に面白かったので、この面白さを皆様にも是非共有したいです!

 

Contents

 

抗菌薬ごとにアルブミンとの親和性がだいぶ異なる

そもそもなぜ質問内容が「低アルブミン血症ではセフトリアキソンの効果が減弱することってあるのか?」だったのかを考える必要があります。なぜ他ならぬセフトリアキソンで問題になるのか……? その答えは下の表にあるのですが、セフトリアキソンは他の抗菌薬と比べても、アルブミンと極めて親和性の強い物質のようです。同じβラクタム系の抗菌薬でもアルブミンとの親和性には少なからずバラツキがあるようで、セファゾリンやセフトリアキソンがアルブミンと高い親和性を持つのに対して、アンピシリンやセフェピム、メロペネムは親和性が低いとのことでした。

Ulldemolins M, et al. Clin Pharmacokinet 2011;50(2):99-110.

 

in vitroでは」アルブミン添加で抗菌薬の効果が減弱するかも

ここで面白い実験があります。液体培地の中で黄色ブドウ球菌(MSSA)を培養するのですが、そこに感受性のある抗菌薬を最小発育阻止濃度以上になるように注入すると、当然ながら黄色ブドウ球菌は死んでいってしまいます。ところが、液体培地の中にアルブミンが入っていると、抗菌薬の種類によっては黄色ブドウ球菌が生き残ってしまうようなのです。この傾向は、抗菌薬としてアルブミン親和性の強いオキサシリンや程々に親和性の強いモキシフロキサシンで顕著に見られ、一方でアルブミン親和性の低いアンピシリンやホスホマイシンでは殆ど見られませんでした。つまり、アルブミン濃度が高い状況下では、アルブミン親和性の高い抗菌薬は抗菌作用が減弱してしまうと言えそうです(抗菌作用を発揮するのは、アルブミン非結合の抗菌薬)。

Zeitlinger MA, et al. J Antimicrob Chemother 2004;54(5):876-80.

 

実際の人体では薬物動態も色々と考えないといけない

では、血清アルブミン値が高ければ抗菌薬が効きづらく、低栄養で血清アルブミン値が低ければ抗菌薬が効きやすくなるかというと、そこまで単純な話でもありません。というのも、試験管の中とは違って、人間の体の中では絶えず代謝が起こっていて、複雑な薬物動態が生じています。どういうことかというと、血中に抗菌薬が居続けるためにはアルブミンと結合している必要があり、言い換えるとアルブミンと結合していない抗菌薬は、(1)血中以外のどこかに分布しやすい、(2)何らかの形で体外へと排出されやすいという特徴があるのです。そして、この現象をそれぞれ(1)分布容積Vdが大きい、(2)クリアランスCLが高いと薬物動態学では表現しています。

Ulldemolins M, et al. Clin Pharmacokinet 2011;50(2):99-110.

 

アルブミン減少で抗菌薬の薬物動態に影響が

以上の議論をプラクティカルに言い換えると、アルブミンとの親和性が高い抗菌薬は血中に居残りやすいということになりそうです。逆にアルブミンとの親和性が低い抗菌薬は血中以外のコンパートメントに抗菌薬が移行してしまったり、腎臓などで尿として排泄されやすかったりといった理由で、初期の血中濃度がなかなか立ち上がりにくいということが予想されます。

そうすると、低アルブミン血症の患者さんにアルブミンとの親和性が高い抗菌薬を投与すると、アルブミンに結合していない抗菌薬の割合がアルブミン正常の患者さんよりも増加してしまうことになってしまいます。結果として、低アルブミン血症の患者さんではアルブミン正常の患者さんと比べると、セフトリアキソンなどアルブミン親和性の高い抗菌薬のパフォーマンスが劣るということが十分考えられるわけです。このように、in vitroin vivoとで真逆の結論が導かれてしまうことがあるのが、医学の不確実さであり、面白いところでもあります。

 

あくまでエキスパート・オピニオンである点には注意

そういうわけで、低アルブミン血症の患者さんで抗菌薬の用量を増量したり、投与回数を増やしたり、静注時間を延ばしたりするかというのも、なかなか難しい問題です。ランダム化比較試験で低アルブミン血症の感染症患者さんとアルブミン正常の感染症患者さんに同量の抗菌薬を投与して治療成績を比較したところで、結果の解釈が難しいと思います。というのも、低アルブミン血症の患者さんは感染症が重度であったり、肝硬変や心不全などの他疾患を併存していたりするものなので、低アルブミン血症の患者さんで治療成績が劣っていたとしても、ひとえに低アルブミン血症のせいだけとは言い難いのです。従って、低アルブミン血症の患者さんで抗菌薬を増やすべきかという問題に対して科学的に誠実な回答をするのも困難という結論になります。いちおう、低アルブミン血症の患者さんに対する抗菌薬の用量の提案があるのですが、あくまで「著者らの経験に基づく」エキスパート・オピニオンに過ぎない点には注意しなければいけません。

Ulldemolins M, et al. Clin Pharmacokinet 2011;50(2):99-110.

 

おわりに

結論として「低アルブミン血症ではセフトリアキソンの効果が減弱することってあるのか?」という質問に対しては「理論上あり得る」という回答になりますが(逆に効果が増強することも理論上あり得るが……)、だからといって「低アルブミン血症の患者さんではセフトリアキソンを増量して投与しましょう」と安直に言っていいかは疑問が残ります。「増量して投与しましょう」と言っている一派は確かにいるのですが、日本の場合は保険診療の観点も考慮するとあまり現実的な選択でないように思いますので、自分だったら血清アルブミン値による抗菌薬の用量調整はしないかなぁと考えました(もちろん、科学の進歩次第では寝返るかもしれません)。

とはいえ、文献に基づかない「分からない」と文献に基づいた「分からない」……結局どちらも「分からない」ままですが、質的に全然違うことがお分かりいただけたのではないでしょうか。自分自身、多くの学びを得ることができました。ご質問いただいた方には感謝申し上げます。