つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

キノロン系の中で自分が使ったことのないやつ

はじめに

参加者の皆様に大感謝!

2022年8月26日に「抗菌薬物語 III」(復習編)をDr.'s Prime Academiaで行いましたが、120名もの方にご参加いただき、とてもありがたいことだなと思いました。初回の「抗菌薬物語 III」の参加者数が750名で、その後の「抗菌薬物語 I + II」(復習編)の参加者数が850名だったので、その差にあたる100名の方にご参加いただければと思っていましたが、少し予想を上回る人数でした。抗菌薬は身近でありながら、意外とインプットの難しい領域であり、そこに向けての関心の高さをひしひしと感じております。次回は2022年9月8日に「抗菌薬物語 IV」を行う予定ですので、よろしくお付き合いいただければと思います。

キノロン系にまつわるご質問

ところで、質疑応答の際に「トスフロキサシンやガレノキサシンはどう使えば良いのか」というご質問を繰り返し頂いております。白状すると、バイキン屋さんはこれらのキノロン系を使ったことが一度もありません。シプロフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシンの3種類だけで臨床上は間に合ってしまうことが大半で、これらの抗菌薬の使い方を解説するのも筋違いかなと考えるわけです。しかしながら、全く知らないまま通り過ぎるのも何だか気分が悪いと思い、少しばかり勉強してみようと考えて今回の記事を書かせていただこうと思います。例えば、災害医療の時なんかは、使い慣れていないキノロン系抗菌薬しか手元にないという状況に陥るかもしれません。そういう意味では、ここで勉強することが自分自身の成長にも繋がるのかなと考えています。なお、バイキン屋さんが使うキノロン系抗菌薬(シプロ、レボ、モキシ)に関しては以下の記事をご参照ください。

 

Contents

 

どの病原体に効くのかという観点から

知らない抗菌薬は歴史からアプローチするべし

抗菌薬にはスペクトラム(病原体のカバー範囲)という概念があるわけですが、そのスペクトラムの範囲内でも得意な病原体とちょっと苦手な病原体というものがあります。抗菌薬を歴史に則って系統的に学んでいくと、「その系統が最初からカバーしている病原体」と「その系統が進化することではじめてカバーできる病原体」というのがあるわけです。そういった歴史的な話を踏まえると抗菌薬全体の見通しが良くなるというのは、βラクタム系抗菌薬も非βラクタム系抗菌薬に共通する要素かと思うのです。

キノロン系の始祖はナリジスク酸

キノロン系抗菌薬そのものは、実は偶然の産物です。というのも、「クロロキン」というマラリアなどに使われる薬剤があるのですが、それを生合成する際に副産物として出現するのがキノロン系抗菌薬のはじまりなんですよね。ほら、"chloroquine" という綴りを見てみると、後半部分が "quinolone" と似ていませんか。そういうわけで、この副産物がキノロン系抗菌薬の始祖「ナリジスク酸」にあたるわけです。さて、このナリジスク酸は、ウイントマイロン®(第一製薬)という名称で日本でも使われていたことがあったのですが、現在は販売中止となっております。細菌の耐性化スピードがはやい、消化管からの吸収率が低い、副作用として消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)や神経症状(頭痛、めまい)が出現しやすいなどの理由で、新しく開発された他キノロン系抗菌薬に対する優位性がなくなってしまったという事情によります。

キノロン系の世代

そうすると、ナリジスク酸はキノロン系の中でも「第一世代」という位置づけになりそうです。実はキノロン系もセフェム系と同じで、(便宜上)世代による分類がなされることがあるのです。その分類を大雑把に表現すると、以下の通りです。

第1世代:もっぱらグラム陰性桿菌
第2世代:グラム陰性桿菌 + ブドウ球菌
第3世代:グラム陰性桿菌 + グラム陽性球菌* + 非定型菌
第4世代:グラム陰性桿菌 + グラム陽性球菌* + 非定型菌 + 嫌気性菌
* グラム陽性球菌の中でもStreptococcus pyogenesの耐性化傾向に注意! 第2から第3世代にかけての進化は主に肺炎球菌のカバーを指向しています。

それで、臨床で使われるキノロン系を上記に従って分類すると……(剤形不問で)

第1世代:ナリジスク酸、シノキサシン
第2世代:シプロフロキサシン、ノルフロキサシン、オフロキサシン、ロメフロキサシン、パズフロキサシン
第3世代:レボフロキサシン**、トスフロキサシン、ガチフロキサシン
第4世代:モキシフロキサシン
???:ガレノキサシン、シタフロキサシン
**『レジデントのための感染症診療マニュアル』(医学書院)では第2世代に分類されていました。まぁ、この分類も恣意的なものなので……

というふうになりそうです。そう考えると、例えば「ノルフロキサシンの使い方は?」とバイキン屋さんが聞かれたら、基本的には「シプロフロキサシンと同じです」と答えることになるのでしょう。

なお、ガレノキサシンやシタフロキサシンは(Mandellを含め)海外での文献が少なくてスペクトラムも一部よく分からないのですが、添付文書やインタビューフォームを見る限り「少なくとも第3世代相当」という印象でした。なので、暫定的にはレボフロキサシンと同じように使っていただくのがよいかと思うのです。

 

副作用などデメリットの観点から

小児への使用

これは小児に適応のあるトスフロキサシンにも言えることなのですが、キノロン系を小児に使う場合には関節毒性に注意する必要があります。ただし、この注意喚起はラット実験に基づくところが大きく、「ヒトの場合は動物ほどには発症しないのではないか」「発症したとしても可逆性だった」などの知見もあります。嚢胞性線維症が多い海外では、緑膿菌感染症キノロン系を小児に使わざるをえない状況がしばしば発生するようなのですが、想定されるメリットがデメリットを上回る場合には小児にキノロン系を使ってしまうこともあるようです(日本の場合は保険適応を考慮して、トスフロキサシンを使うことになると思います)。

薬物相互作用

この記事を書くにあたって各キノロン系抗菌薬の薬物相互作用を添付文書ベースで調べているのですが、抗菌薬ごとに異なったプロファイルでなかなか面白いですね。キノロン系抗菌薬を使う時にはワーファリンの効果増強に要注意と伝えているのですが(よくよく調べてみると個人差が結構あるみたいですね……)、トスフロキサシン、シタフロキサシン、ラスクフロキサシンなどに関してはワーファリンとの併用注意の記載がありません。そう考えると、エビデンスの集積次第ではレボフロキサシンなどに勝るメリットになるかもしれません。

もっとも、現時点では海外文献が少ないことがネックですし、トスフロキサシンについては僅か1例ですが、過去の内科学会地方会でPT過延長からの頭蓋内出血を報告されているので、過信してはいけません。キノロン系抗菌薬ごとに明記される薬物相互作用が異なっているのは非常に興味深い点で、自分も製薬企業の方にヒアリングしてみたいなと思いました。

QT延長症候群

これもキノロン系の種類によって明記されていたり、されていなかったりです。具体的には、ノルフロキサシンとトスフロキサシンではQT延長症候群が明記されていない点がなかなか興味深いと思いました。ただ、症例報告レベルでは両薬剤ともQT延長症候群の報告があるようなので、やはり過信は禁物かと思います。

大腸菌の感受性

基本的にはシプロフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシンを扱った文献が多いため、結論を急いではいけないような気がしますが、それ以外のキノロン系の文献は中国や日本から出ているものが多いようです。それらを見ていると、どうもシタフロキサシンに関しては他のキノロン系と比較してグラム陽性球菌・グラム陰性桿菌いずれに対しても活性が強くなっているように見受けられます。このことは、大腸菌の感受性に関しても当てはまりそうです

……ただ、いくら大腸菌に活性が強いからといって、膀胱炎などに対してシタフロキサシンを乱用するのも考えもの。仮に使うにしても、「ある抗菌薬を乱用すると速やかに細菌が耐性を獲得する(Use it, lose it.)」という警句を考えながらにしたいところです。自分だったら、まずは代替薬を探します。だって、こんな便利な抗菌薬は温存するに限りますから。災害医療の時とかのために。

Otani T, et al. Antimicrob Agents Chemother 2003;47(12):3750-9.

松本ら. 日本化学療法学会雑誌 2010;58(4):466-82.

 

薬物動態の観点から(素人目線)

バイオアベイラビリティ

ここまで色々調べてきて、個人的に興味深いと思ったのがトスフロキサシンとシタフロキサシンの2剤ですが、これらの薬剤のインタビューフォームを調べてもバイオアベイラビリティについては「該当資料なし」で不明確です。シタフロキサシンに関しては、第一三共がPMDAに別の資料を出していて、それによると「累積尿中排泄率からバイオアベイラビリティは約70%と推定した」との記載が見えます(約70%というと、イメージとしてはシプロフロキサシンと同等で、レボフロキサシン以下ということになります)。残念ながら、海外文献にもあまり良い情報を見つけられませんでした。

臓器移行性

モキシフロキサシンはもっぱら肝代謝されるキノロン系ということで、腎機能による調整不要な反面、尿路感染症に使えないという問題を抱えています。そういった問題がトスフロキサシンやシタフロキサシンに該当するかも調べてみましたが、特にそういった制約はなさそうに見えました。また、髄液移行性や前立腺移行性についても調べてみましたが、インタビューフォームを見る限りでは「該当資料なし」で不明確なので、髄膜炎前立腺炎に安全に使用できるかも不明です。

 

まとめ

やっぱりシプロ・レボ・モキシが基本

ここまで調べてみて、なぜ感染症医がシプロフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシンばかりを使用していて、他のキノロン系抗菌薬を使わないかが自分なりにもよく分かってきました。端的にいうと、以下の理由です。

① データが少なすぎるせいで信頼して使用できないから。
② シプロ・レボ・モキシで大体間に合ってしまうから。

抗菌薬の各細菌に対する活性に関しては文献があるのですが、副作用に関する報告の集積が不十分な印象があるのがだいぶ気になりました。加えて、バイオアベイラビリティ不詳なのもさすがにお粗末だと思うのです。そういった意味で、自分はこれからもシプロフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシンを使い続けようと思いました。

強いていえば、トスフロ・シタフロに光るものを感じる

ただし、データがもう少し集積すれば、トスフロキサシンやシタフロキサシンに関しては使いどころがあるかもしれません。

トスフロキサシン:小児可、薬物相互作用が他キノロン系と異なるかも?
シタフロキサシン:他キノロン系に耐性の細菌に効くかも??

なお、海外ではdelafloxacin(まさかの抗MRSA活性あり)が話題になっているのですが、これによって妙な薬剤耐性菌が増えないものか、戦々恐々としています。やはり薬剤耐性をとられやすいという意味で、そもそもキノロン系抗菌薬を使わないで済むなら使うべきでないという本音があるのです……(セファレキシンやアモキシシリン・クラブラン酸があれば、市中感染症はそれなりに戦えるはず)。