つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

くわがた

騒騒しい夏が終わった。それでも朝が忙しいのは秋も変わらずだ。普段通りに論文を読んで、遅刻ギリギリで玄関を蹴破るように家を出ると、目の前に虫が腹を見せてジタバタしている。ゴキブリか、それとも季節外れのカナブンか。なんとなくカナブンっぽいと思って、「やれやれ」と思いながらひっくり返すと、まさかのクワガタ。種類は分からないが、とりあえずメスだ。カナブンだったら、そのまま虚空に放り投げれば勝手に翼を広げてどっかに行ってくれそうだが、クワガタだとそうもいくまい。急な冷え込みゆえか、ちょっと弱っているような気もした。

 

なんのクワガタなんでしょう? 玄関先で

 

我が家では弱っている動物が玄関先にいる時は、手厚く保護するのがシキタリだ。カメを保護したこともあれば、カナヘビを保護したこともある。我が家に両生類や爬虫類がやってくると、1年後にどこかで大輪の花が咲くみたいなジンクスがあってだな。20年以上そうしてきたわけで、このクワガタを放置するという選択肢は最初からない。そんなわけで、クワガタが生きられる環境がどこか思いを巡らすのであるが、いかんせんつくば市の中心部だ。カブトムシやクワガタに相応しい雑木林など、あろうはずがない。そんなことを考えている間にも時計の針は回っている。仕事に行かねばならない。

 

家に戻ってクワガタを飼育容器に入れている時間もなかったものだから、致し方なくクワガタと一緒に出勤することにした。とりあえず自転車にまたがる。左手でクワガタを包み込んで、右手だけで自転車を漕ぐ。走り出しがしんどい中、ヨレヨレしながらも自転車を漕ぐ。左手を中途半端に浮かせた奇妙なフォームに道行くサラリーマンたちの視線が集まるが、そんなことなどどうでもよろしい。通勤路の途中でクヌギとか、コナラみたいな、いわゆる広葉樹林の定番の木が1本でも見つかれば、そこに放していけばいいじゃないか。そんな甘い見通しで出勤した。

 

しかしまぁ、困った、困った。クヌギもコナラも見つからない。家の近くの公園でクヌギっぽい木を1本だけ見つけられたのだが、スズメバチの巣が大量にあるようで、立ち入り禁止のゾーニングがされている。それでも「スズメバチが好きな樹液があるということは、クワガタにとっても福音ぞな」と思いながら、少しその木に近づいてみると、5匹くらいのスズメバチが怒り狂ったように飛んでいる。どうもつくば市が粘着トラップを木に仕掛けているようで、そこに捕まった大量のスズメバチを見て、捕まっていない取り巻きのスズメバチが激昂しているような、そんな状況だ。とてもじゃないが、そんな木には近寄れない。クワガタの救命で殉職するのはさすがに御免被りたい。そんなわけで「クヌギの疑い」の木に近づくのをとりあえずは諦めた。

 

つくば市の良いところは緑の多いところだ。気を落とすことなく探し続ければ、コナラくらいはあるだろう。少なくともコナラのドングリが落ちていたのには見覚えがあるぞ。割と楽観視してはいたのだが、同時に「このまま見つからない場合はクワガタと一緒に仲良く出勤して看護師さんに叱られるのかぁ」という危機感もあった。それでも探すこと10分、コナラという確信は持てなかったが、広葉樹林に生えていそうなそれっぽい木を見つけられたのでそこにクワガタを放すことにした。木の匂いが分かったのか、指にしがみついて大人しくしていたクワガタが一目散に木肌に抱き着いて、そのまま樹皮の裏へと隠れていったのにはホッとした。

 

その場で時計をみる。15分のタイムロス。あぁ、電車はもうないな。今日は遅刻しよう。そう割り切ると、悪いことをしているくせに顔から妙な自信のようなものが漲ってくるものだ。普段より遅れて出勤したら看護師さんに咎められたので、こう言ってやった。「救命していました!」—— 嘘は言っていないぞ。ほら、吾輩の顔をよくみてみろ。もっとよく見るんだ、凝視しろ。吾輩の顔は嘘をついていないぞ! —— 顔面でひたすら自己主張した結果、「こいつはダメだこりゃ」といわんばかりの看護師さんの諦め顔とともに、晴れて無罪放免となった。