つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

大きな志。そして小さな日常。—— 司馬遼太郎

文豪の書いた本を読もうと思い立ったとき、何から読み始めたらよいものか迷ってしまうことがよくあるだろう。自分も大学生時代に三島由紀夫の小説をよく読んでいたのだが、読もうと思い立ったときに何から読めばよいものか、最初は途方に暮れたものだ。

 

身近に読書慣れした親戚や友人がいない場合に導き手になってくれるのが、新潮文庫の「文豪ナビ」シリーズである。もちろん、「文豪ナビ」の順番に従って小説を選んでいくのも必須ではないのだが、挫折する可能性の低い順番を提案してくれているところが良心的だ。例えば、『仮面の告白』はいかにも三島由紀夫らしい独特の内容となっているのだが、「文豪ナビ」では比較的 “三島慣れ” してから読むことを推奨している。「文豪ナビ」によると、最初に読むべき三島小説は『潮騒』である。なるほど、確かに三島文学の中では癖が少なく、万人が読める小説といえるだろう。

 

見開きに歴代作品の表紙がまとめられていて美しい

 

そんな便利な「文豪ナビ」だが、実は自分はあまり読んでいない。なぜかというと、読書は自由であるべきだという信念があるからだ。小説を読む順番くらい、自分で決めたい。そういうわけで、「文豪ナビ」にナビゲーションしてもらうのは避けるようにしているわけだ。ところが、ふと図書館を歩いていると、『文豪ナビ 司馬遼太郎』が視界に入ってしまった。本来であれば読まないであろう「文豪ナビ」だが、表紙のキャッチフレーズをみて迂闊にも手に取ってしまったわけだ。

 

—— 大きな志。そして小さな日常。

 

なんと魅力的な言葉だろう。司馬遼太郎歴史小説はかなり多く読んできたし、自分の人生にその登場人物の振る舞いを投影しながら生きている身としては、身震いするようなフレーズだ。英雄というのは、毎日を変わり映えなく過ごしていても、その一挙一動に大きな理想が込められているもの。些細なタスクの数々を、無意識下で志という大きなベクトルに乗せるようにして日々を過ごしているものだ。時代を変えるきっかけとなる英雄というのは、そんなふうに生きている。実際に、『国盗り物語(四)』の作中でも明智光秀が語っている。「人間としての値うちは、志をもっているかいないかにかかっている」と。

 

かくして、この『文豪ナビ 司馬遼太郎』をペロリと平らげるように読んでしまった。最近は政治や経済の本ばかりで、歴史小説から遠ざかっていたものだから、久しぶりに司馬遼太郎の小説を読んで、心に熱いものを注ぎ込みたくなってきた次第である。自分が司馬遼太郎に一番没頭していたのは中学生の頃だったが、当時読んだ『功名が辻』とか『関ケ原』とかも、今読み直したらきっと違う印象を受けるのではないだろうか —— そんな昂揚感も少しばかり添えられているのである。