雷門を横目に、人形焼きの甘い匂いや雷おこしを売る快活な声を通り抜ける。そのまま路地裏に入っていくと、そこには一軒のコンビニがある。コンビニの周りには使われていないビルなどが雑然と立ち並んでおり、あまり人気がない。地図で目的地を確認し直すと、どうやらこの周辺で間違いなさそうだ。そんなことを考えながら、コンビニ周辺を回ること三周、ふとコンビニ脇に秘密の扉があることに気がつくわけである。そう、ここが浅草のベンチャー企業、Dr.'s Prime社の拠点なのだ。
階段をのぼると、踊り場には何台かのロードバイク。まだ誰にも会っていないのに、若々しさを感じる。玄関口で「もし……」と小声で呼びかけると、いつもオンラインで会っている社員のOさんとYさんが出てきて応対していただいた。「先生が来たぞー!」との合図とともに、社員が総出で迎えてくれる。その数、20名。ちょっとみんな、近い、近い、顔が近いぞ。その勢いに圧倒されながらも、押し流れるように会社の中をご案内いただいた。
社員20名。ここに加えて、オンラインで勤務している社員の方も何人かおられるのだが、Dr.'s Prime社の広さはというと、べらぼうに広いわけではない。昔のベンチャー企業にありがちなガレージ開業というわけではないのだが、50~60坪くらいだろうか。そこに20名となると、まぁ、ぎゅうぎゅう詰めだ。社員がおのおの机を持っているわけだが、その上には何に使うのか想像もつかないデバイスが雑多に並んでいて、なんだか秘密基地の様相だ。なんだか部活動みたい。つくば花水木のバウムクーヘンを手土産に持って行ったのだが、20分割されて試食コーナーサイズになってしまったのがちょっと悔やまれる。
バウムクーヘンを頬張りながら「ここに引っ越してきたのは2~3年前ですね」と社長さん。「それまではコワーキングスペースを使っていました」—— なるほど、この浅草ビルは待望の拠点だったわけだ。ここは夢の居場所であり、ビジョナリーカンパニーであり……そんなことを思いながら、社内の本棚に目を移すと『ビジョナリーカンパニー』シリーズがずらりと並んでいる。決して恵まれた環境とは言い切れないのかもしれないが、現代日本に欠けている明るくて温かい何かを感じられる場所なのである。
そういえば4~5年前だったか、タイのマヒドン大学に短期留学に行ったことがあった。タイは日本ほど便利ではなかったし、貧しそうなところも少なからずあったけれど、バンコクの街で出逢うみんなが薄汚れながらも明るい顔をしていた。貧しいのかもしれないけれど、未来を自分たちで盛り上げていこうという昂揚感のようなものがあった。温かな拍動があった。Dr.'s Prime社に足を踏み入れて感じたのは、そういった類の昂揚感だったのかもしれない。
なるほど、Dr.'s Prime社の企画案を眺めていると、同社のパーパスである「救急車のたらい回しを撲滅する」というアイデアと全く関係ないであろうものが散見される。若さと昂揚感を勢いに変えて、数打ちゃ当たる式に色々と試していっているみたいだ。そんな会社の有様をみて、創業初期は下手に資源を浪費するなよ、パイロットトライアルはちゃんとやったのか、もっと本質的な事業に投資してくれやなどと苦言を呈することもあるのだが、なんにせよ、同社の持つ熱気は絶望の現代日本にとってこの上なく貴重なものと思う。
Dr.'s Prime社のパーパスは非常に良い。戦略はちょっと首を傾げるところもあるのだが、部分的に光るものがあり、同業他社に絶対に真似できない武器もいくつか持っている(ただし、同社は自身のもつ強みに気がついていないかもしれない……)。日本の現状だけでなく、未来のトレンドを加味しても、適切な戦略さえ選べれば同業他社よりも良いポジションで新しい価値を生み出せるのではないかと思う。要は勝機があるのだ。そんなDr.'s Prime社、自分は日本の未来を占うリトマス紙のような存在だと思っている。この手の企業が生き残れるなら、日本はまだやれるかもしれない。生き残れないなら、これからの日本にももう期待できない気がする。
そんなわけで、頼むから一世一代の大博打のような動きだけはしてくれるなよ。そんなことをしなくても、手元にある資源を上手く組み合わせて日本の現状にマッチさせるだけで十分勝てるはずの会社なんだからな。