つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

昭和時代の二人の賢人

図書館にほぼ毎日通っては本を借りて、故人を含むいろいろな人の考え方を学んでいるのだが、個人的に読んでいて爽やかな気持ちになれる著者を挙げるなら、小倉昌男さんと中野孝次さんだと思う。小倉昌男さんは、ヤマト運輸で「宅配便」を生み出した伝説的経営者で、運輸省既得権益と戦いを繰り広げたことで有名だ。中野孝次さんは、ドイツ文学の翻訳に功績のあった作家・評論家で、バブル経済の時代の真っ只中において「清貧」の思想を唱えたことで知られている。

 

人にはそれぞれ心の根本的なところから共感できる相手というのがいるものである。こういった相手に人生の早いうちに巡り合えれば幸せなものだが、自分の場合は(故人ではあるけれども)小倉昌男さんと中野孝次さんがそれに該当する。人生には戸惑いがあり、喜怒哀楽があり、周りに振り回されては疲労困憊して何もかもが嫌になってしまう状況があるのだけれど、そんな時に一旦立ち止まって大先輩の言葉に触れてみると、自分の背中を後押ししてくれるような気がして、明日への活力を得ることができるものである。ある意味、信仰に近いものがあるのかもしれないが、そうやって励ましてもらいながら世知辛い現世を生き抜いていくのである。

 

さて、最近『「なんでだろう」から仕事は始まる!』(PHP出版)という小倉昌男さんの本を見かけたので借りて読んだわけだが、自分がどうして小倉昌男さんや中野孝次さんにここまで強いシンパシーを感じるのか、この機会に少し考えてみた。自分が魅力を感じるのがどんな人物かが分かってそれを目標に自己実現をしていけば、言行と価値観に齟齬のない人生を歩むことができるのではないか。そんな期待があったわけだ。

 

個人的には、昭和時代の二大賢人だと思っている

 

小倉昌男さんと中野孝次さんの共通点は、まずは優しくて穏やかなところだと思う。人間に対する愛情が非常に強くて、目の前の人が何を考えているのかを絶えず考えているようなところがある。小倉昌男さんは組合員の心をガッシリ掴んでその支持をもとに「宅配便」をはじめていたし、中野孝次さんも若者から人生相談を持ち掛けられた際にその心の底にあるものを明敏に察しようと努力されているところがあった。なんというか、ふたりともどこか気弱なところがあるからこそ、相手を弱者として労わるメンタリティを持っていたように見えるのだ。ただし、ふたりとも弱者のための自己犠牲という発想はそこまで持っておらず、むしろ自分も含めて全ての人が幸せであるにはどうしたら良いかを模索していた節がある。考え方に無理がなくて、バランスが良いのである。

 

他の共通点としては、自分自身に対して素直で正直なところが挙げられると思う。疑問に思ったことに対しては胸にしまっておかずに声を上げて、時には既得権益や時代の価値観に戦いを挑んでいくところがあるわけだ。心穏やかで優しいこのふたりが戦うなんて……と思うところがあるかもしれないが、実はそれは間違った認識である。心穏やかで優しいからこそ、戦うのである。というのも、このふたりは人間愛が尋常でなく強いので、弱者が既得権益や時代の価値観に毒され苦しんでいるのを見ていると、どうしても見ていられなくなってしまう性分なのだ。「義を見てせざるは勇無きなり」を地で行ってしまうような感じ。見方を変えれば、時の権力者から非常に煙たがられるタイプの人間とも言えるかもしれない。穏やかだが、物凄く頑固なところがあるわけだ。

 

自分の周囲を取り巻く環境(人間や自然界)に強い関心を抱きながら、少年のような心で「なぜ?」と問いかけ続けていく。そして「なぜ?」という問いかけの先にある答えが人間を苦しめる理不尽であった時に、見て見ぬふりをできず、どこまでも戦いを挑んでいってしまう。これが、小倉昌男さんと中野孝次さんの本質的な部分ではないかと、彼らの著作を読んでいると感じられるのである。マザーテレサガンジーにも、ちょっと似たところがあるのかもしれないけれど。