上を目指すというのは、なかなかしんどいものである。コンフォートゾーンの中にいては上達を見込めない。だからこそ、絶えず自分自身をストレッチゾーンに置いておく必要がある。しかし、ずっとストレッチを続けていると、だんだん疲れてきて、少し緩めたくもなってくる。そこで自分自身を叱咤しながら、何とかストレッチゾーンに留まろうとする。上を目指すというのは、結局のところ、それを続けるということなのだろう。しんどくないはずがない。
もっとも、ストレッチゾーンにいること自体の喜びもある。ひとつは、何かを達成することだ。例えば、論文を出版したり、受賞したりすることがこれにあたる。コンフォートゾーンの中にいては、なかなかこうした達成も得られない。そう考えると、これぞストレッチゾーンに絶えず身を置いてきた御褒美と呼ぶべきものなのだろう。ただし、こういったイベントが頻繁に起こるわけでもない。ゆえに、この御褒美だけで気力を補給しようとしても、どうしても不足しがちなのである。
では、ストレッチゾーンにいる喜びを日々どこに見出していけばよいのだろう。もちろん、自分自身の成長を自分に言い聞かせるのもよいのだけれど、これはこれで相当にストイックで、自分にはちょっときつい(といいつつ、日記をつけるなどして取り入れてはいるけれど)。そうなると、やはり同じようなしんどさを経験しているメンバーで集まり、切磋琢磨するのが一番なのではないかという話になってくる。ちょうど学会や勉強会が、そうした役割を担っているような気がしている。1泊2日あるいは2泊3日。多忙にさらに拍車をかけながらも、定期的に学会や勉強会へ出かけることにはそれなりの意義がある。
では、学会や勉強会の中にある人間関係とは、どのようなものだろう。考えてみると、やはり「兄貴分」や「弟分」に会えることが一番大きいのではないかと感じている。学会のワーキンググループなどは、まさにそのような関係性なのだろうと思う。そして最近になって、自分の職場の中にも、そうした関係性を築いていくことが大切なのだと感じる機会が増えてきた。
むかし臨床を教えていた後輩に、今度は研究を教えるようになった。手術帰りの先輩に捕まって、そのままランチに連れていかれることもある。そういった場所で、診療科の垣根を越えて病院の現状を語り合い、自分たちがそれぞれの立場で何をできるのかを話しているひと時は、至福と呼ぶべきものである。

しかし、こういった話し合いができるのも、ストレッチゾーンに身を置く人間どうしだからこそである。苦しくても、ただ愚痴るのではなく、それぞれに知恵を巡らせながら頑張っている。そして、その苦しみも、そこで生まれる知恵も、驚くほど多様である。だからこそ話が弾み、時間が経つのも一瞬なのだろう。コンフォートゾーンにいる人間からしてみれば、まったく現実感を伴わない話題ではないだろうか。
そういえば、ある先輩がこの病院を「コンフォートゾーンとストレッチゾーンの二極化」と形容していた。まさにその通りだと思う。ストレッチゾーンに身を置く人間どうしが分断されることなく、うまく手を携えていければ、何か大きな仕事ができるのではないか。そんな期待を抱かせてくれるからこそ、兄貴分や弟分との付き合いを大切にしていきたい。





