つくばホスピタリストの奮闘記!

筑波大学附属病院 病院総合内科に所属する専攻医によるブログです。まだ創設間もない病院総合内科での活動を発信していきます!!

科長

突然ですが、病院総合内科の科長が変わります。突然と言っても、これまでも新しい体制がどうのこうのと言っていたわけで、いちおうは仄めかしていたのですが、2021年9月末を以って病院総合内科の体制も大きく変わっていく見込みです。もちろん、診療内容自体は大きくは変わらないと思いますが、雰囲気は多少は変わるかもしれません。初代から二代目へ、この過渡期を自分も上手に支えていけたらなと思います。支えていけたらと言いつつも、支えていただいている立場ですが……

 

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つくば市の北條郵便局をリノベした喫茶ポステン

 

それはそうと、Itoは初代科長のことを物凄くリスペクトしていました。人間嫌いなItoが1年半も一緒に仕事することができたという事実が何よりもの証拠。クセの強いItoを不貞腐れさせることなく1年半マネジメントできる上司は世界広しといえどもそう多くはないのではと思います(とは、Itoの現師匠のコメント)。そういうわけで、今日は初代科長のエピソードを紹介しようと思います。Itoの関わった範囲での話なので、もっと深くて良い話もあるかもしれませんし、1年半だけの付き合いなので、Itoの分かっていない部分もあると思いますが、そのあたりはご容赦を。

 

初対面前に聞いた噂

 コロナ禍前に、Itoが東大から筑波の病院総合内科に来るにあたって、筑波大学ゆかりの人たちから科長がどんな人なのかコッソリと情報収集していました。病院総合内科は外にあまり情報が出ていなかったので、なんやかんやでどんな場所なのか心配だったわけです。それで、主に筑波大学出身の医師から情報収集していたのですが、「手強い」とか「手厳しい」とか、そういう評判が多かったですね。中には「Ito先生、頑張ってください」と合掌する人もいて、「えっ、えっ??」と戸惑ったこともありました。

 

今どき珍しい、ザ・国語の人

 真相としては、科長が学生さんにかなり厳しいということだったようです。例えばレポートやプレゼンテーションの言葉遣いについてはかなり細かくチェックされていました。初期研修医相手の場合はもう少しマイルドになりますが、やはり厳しく言葉遣いを訂正されている時がありました(ら抜き言葉、「熱発」、薬を「盛る」など)。後期研修医以降が相手だと表立っては訂正されなくなりますが、学会の抄録を持っていくと言葉遣いがかなり直されていて非常に勉強になりました。逆に研修医の先生のカルテに書かれている日本語が綺麗な時には必ず言及されていました。

 

科長ファンの皆様

 学生からは怖がられていましたが、患者さんとの信頼関係の深い先生でした。特にいつもフォローアップしている外来患者さんからは例外なく慕われていて、親子代々科長かかりつけという患者さんも少なくないようです。心不全の患者さんを主に診られており、その中には重症の患者さんも少なからず含まれています。にも関わらず、患者さんが滅多に入院しない印象で、逆に入院する時は大半がかなり厳しい状況だったように思います(もちろん例外もあります)。重症心不全であっても、死の間際まで自宅で家族と過ごすことができる……そんな外来管理をされているように見えました。超高齢社会の現状においては、入院したっきり病院から出られないまま不幸な転帰を辿る患者さんも少なからずいらっしゃるのですが、まさにその対極といえるような外来診療をされていて、その点はItoも見習っていきたいなと感じています。

 

心電図でここまで読める

 心電図の読みの深さは神業でした。心電図波形から胸部X線所見がどうなっているのかを予想できてしまうようで、朝回診の折によく披露されていました。いったいどうやるのかは最後まで謎でしたし、言葉を尽くしても説明できない部分があるのかなとも感じましたが、プロフェショナルに求められる水準の高さを教えていただいたと考えることにしています。

 

エビデンスを越えるとはどんな感じなのか

 若手が指導医を見る時に「この上司はエビデンスの人か、エクスペリエンスの人か?」という視点があるのですが、科長の場合は双方のバランスが絶妙なように見受けられました。先程の重症心不全や心電図の話も含め、「エビデンスを超越したエクスペリエンスの人」、あるいは「達人」というふうに見えてしまうのですが、実際にはエビデンスにかなり則った診療をされています。というのも、さりげない発言のひとつひとつを後でItoが論文で検証しているのですが、誤った情報が全くなくて正直びっくりしています。要するに、Itoみたいにエビデンスエビデンスと仰っていないだけで、エビデンスを確実に踏まえてそれを超越している御方なのです。

 

基本放任、越えてはいけない一線だけストップ主義

 平時は基本的に放任主義の科長でした。患者さんに対する診療方法は担当する専攻医の裁量に委ねられており、滅多に口出しをされませんでした。実際のところ専攻医も試行錯誤している中で実力を磨いていくものなので、この放任主義はコモンディジーズの多い病院総合内科の患者層と極めて相性が良かったのではないかと思います。ただし、専攻医が手を出してはならない診療内容(禁忌など)に対しては短い言葉でストップをかけられていて、それで大きな事故が防がれていた気がします。また、困った時に相談を持ち掛けると親身に対応していただけました(どう見ても予後が悪そうな症例の対応方法など)。

 

裏で根回しいただいていた

 他の診療科とのやり取りという面でも科長に守られていたように思います。病院総合内科という診療科名だと、本来は他の診療科で診るべき疾患の患者さんも押し付けられてしまいがちです(消化器内科が診るべき胆管炎、神経内科が診るべきパーキンソン病など)。そういった場面では、言うべきことをしっかりと他科に伝え、患者さんが不利益を受けないように診療をアレンジしないといけないのですが、科長がかなり強めにコメントされていたこともあって、ある程度はブロックされていたのかなと思います。

 

木が燃えたら森全体を守る

 緊急時の対応も他のリーダーにはない独特のものでしたが、非常に優れた内容でした。朝回診中に病院総合内科の患者さんが急変したことがあったのですが、専攻医に対して「ここは自分が持つから、冷静に急変していない患者さんを一通り診てきなさい」と指示されたのがとても印象に残っています。ひとつ大きな問題が生じると、どうしてもそこに労力が投下されてしまいがちで、それ以外の部分が手薄になってしまうという問題が生じます。手薄になった部分を放置してしまうと、そこから別の問題が生じた際に手の打ちようがなくなる……つまりは「木が燃えている時は森を守れ」という意図だったのではと思います。燃えた木を一本消火するのは簡単ですが、山火事になると確かに消火できないですね。

 

初代科長が育てた病院総合内科を今後どう発展させていくか。新体制への移行にItoは不安と高揚感の両方を感じていますが、決して廃れさせてはいけないという思いで今後も病院総合内科を盛り上げていきたいと思います。この病院総合内科が社会にどんな恩恵をもたらすことができるか。残るメンバー、新しいメンバーと一緒にしっかりとバトンを引き継いでいきたいですね。

手に吸い寄せられてしまう一冊

筑波大学附属病院に所属してから1年半、内科専門医資格の取得も目前に迫っているわけだが(専門医試験が延期されずに実施されるなら……)、今後どのように身を振るかまでは確定していない。少なくとも来年度は筑波大に在籍しようと考えているものの、その後は大学院に入って基礎研究をすることなども何となく念頭に置いているところである(所属する医局から「思う通りに生きよ」と言われている関係で、どんなテーマでどこのラボに所属するかは自分で模索中。医学部以外も含めて色々なラボを見学しながら考えている)。

 

大学院のことを考えると、転居のことも考えねばならない。が、転居は憂鬱である。というのも、蔵書が多すぎる(200尾のメダカを飼育していることも頭痛の種だが)。大学生時代の蔵書がだいたい5,000冊くらいで、医師免許取得後に初期研修医を始めるにあたって泣く泣く3,000冊ばかり処分した。残る2,000冊から4-5年かけて減らしていき、現在自宅にあるのが1,000冊くらい。その中には大学生時代に背伸びして購読していた医学雑誌も少なからず含まれる。今でも大好きな『medicina』は3年分くらいは置いてあるし、『胃と腸』や『胆と膵』も2年分くらい揃っている。感染症内科医ではあるが、もともとは親の背中をみて消化器外科を考えていたものだったから、意識して親が勉強しているのと同じ雑誌を自分でも独立に購読していたのだ。思い出の本ばかりでなかなか処分しづらい状況ではあるが、前に進むには過去の外科志望だった自分を切り離して進まねばならない。1年ばかりかけて本を吟味し直して、転居に差し障りのない蔵書数に抑えたいところである。

 

蔵書を処分するか、手元に残しておくかという線引きもなかなか難しい。処分した後に後悔した本もないわけではない。まず、文章を書くにあたって時々引用するような本は処分しない方が良いだろう。例えば、『源氏物語』、『平家物語』、『常用字解』、『中国名詩集』は処分しない方が良い気がする。逆に、医学書の多くは処分してしまっても良いのかもしれない。というのも、医学書に書かれている情報を用いる前に一次文献を調べてそこから情報収集することが増えてきたから。論文を読みふけるようになってから、医学書を読む機会は激減した。

 

それと、引用はしないけれども手元に残しておくべき本としては、やはり座右の書であろう。色々な人が色々な座右の書を紹介しているのをメディアなどで見かけるけれど、個人的に「座右の書」というのは、手持ち無沙汰の時に気がついたら手に吸い寄せられているような本を指しているのだと思う。読もうと思って読む本ではなくて、体の一部になってしまっていて、気がついたら読みふけっているような本。「読もう」と思って読むような本は、まず「座右の書」になり得ない。

 

現在手元にある自分の蔵書1,000冊の大半は、2-3周以上読んでいる。5,000冊から2,000冊に減らす時の基準が、1周読んで「もういいや」と満足したか否かだった。だから、いま手元にある1,000冊も十分精鋭部隊なのである。しかし、2-3周読む本は数多くあっても、10周以上読む本はそんなにはないものだ。10周以上読むというのは、「魂がそれを欲している」ということ。そういった本は、どんなに蔵書スペースがなくても手放してはいけないと思っている。とはいっても、大学受験時代の問題集などを除けば、10周以上読んだ本というのも限られてくる。

 

『はじめての漢方診療十五話』(医学書院)

慶應医学部・薬学部の漢方医学センターに大学5年生の頃から週に1-2回通って漢方医学を勉強していたのだが、その副読本。1周読んでもよく分からなかったが、2周読むと少しずつ用語に目が慣れてきて、3周読んでようやく漢方医学の全体像が分かってきた。この本との格闘を通じて、専門書は1周で全てを吸収しようとしてはいけないということを学んだ。1周目、2周目は目を慣らすだけ、3周目からが本番なのだ。初期研修医になってからというもの、漢方医学を自分に教えてくれる人がいなくなってしまったので、3か月~半年に1回くらい「漢方強化期間」なるものを作って通読するようにしているが、通読するたびに慶應での『傷寒論』『金匱要略』輪読会の時のことを思い出す。当時みたいに冷蔵庫から生薬を取り出して調合して好き勝手に飲むことができれば良いのになとノスタルジーに浸るのである。

 

『うまいケースレポート作成のコツ』(東京医学社)

タイトルの通りに症例報告を執筆するノウハウ本なのだが、そういった小手先の技術に留まることなく、医者としてどのように目の前の患者さんと向き合うべきか、リサーチマインドをもって診療するとはどういうことか……などなどの医者の心得を刻み込んでくれる名著である。なんというか、この本を読んでいると心が燃えてくる。日常診療というのは、(普通にしていると)延々と似たような症例の続く気怠い日々なわけだが、そんな中で生き生きと好奇心を持って診療することの良さを教えてくれる。「この患者さんは今までの同じ病気の患者さんとどこが同じで、どこが違うんだろう?」という考え方を無意識のうちにするようになる。ところで、この本を定期的に読んでいると高杉晋作の辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」が脳裏に浮かぶ。単なるノウハウ本に留まらないという意味で、類書よりも傑出しているのだろう。絶対に手放せないし、人に貸したくもない。……もっとも、この1冊で症例報告がPubMed掲載誌にバンバン受かるようになるかというと、そこまで現実は甘くないのだけれど。

 

『チャンドラセカール 移植・免疫不全者の感染症』(MEDSI)

400ページ程度の薄い本だが、移植・免疫不全者の感染症という幅広い領域を症例検討形式で漏れなくカバーしているという優れた一冊。Itoが感染症を志す間接的なきっかけになった本だが、さすがに専門ど真ん中の本なので、説明はこれくらいに留めておく。見たことのない疾患がたくさん掲載されていて心が躍る。装丁が綺麗で、デザインも素敵。初心を忘れないつもりで繰り返し読むようにしていたら、無意識のうちに繰り返し読むようになってしまっていた。

 

『養生訓・和俗童子訓』(岩波文庫

江戸時代の貝原益軒という医師の書いた本で、「腹八分目」の元ネタ。独自に追究した健康法が書かれており、現代的エビデンスに基づいていないなりに、まっとうと思えるような事柄が記載されている。江戸時代の人々が大切にしていた価値観も感じられて良い。ただItoが思うに、この本の白眉は、巻第六「択医」(医をえらぶ)のところではないだろうか(岩波文庫版だと、p. 123)。名医の条件、貝原益軒なりのプロフェッショナリズムが記載されており、その内容がとーっても熱い。引用すると長くなるので簡潔に記すが、仁術の担い手となるには、儒書に通じて万巻の医学書を読んで、患者さんを診察しては本気で考え悩み抜き、その経験を活かしながら前に進みなさいという旨のことが書かれている。貝原益軒の強い魂の声を聴きたければ、現代語訳ではなく当時の仮名遣いで読むべきである。

※ 最近はオスラー博士の『平静の心』(医学書院)が流行っているようだが、Ito個人としては貝原益軒の方がだいぶ心に響いたな。

 

『若き数学者のアメリカ』『遥かなるケンブリッジ』(新潮文庫

藤原正彦の留学体験記。最近の大学生は海外に行くことが多くて羨ましい限りだが、それでも大学生時代のItoのように金欠で海外に行くことを断念した人も多いのではないかと思う。諸事情により海外に行きたくても行けない人間が、「海外留学ってどんなものだろう?」と好奇心で手に取って魅了されてしまうのが、このエッセイである。人と人との交流をウィットに富む文体で生き生きと描いており、気がつけば読んでいる自分もその世界に没入してしまっている。この本を読んでいる間は、あたかも自分が留学しているかのような錯覚に陥ってしまうのだ。本をぱたんと閉じると、目の前にはいつもの日本の日常が広がっているのだけれど、「こんな自分でもいつか海外に留学できる時が来るかな? 頑張らなくちゃ!」と心を明るくしてくれる、まさに青雲の夢溢れるエッセイである。

藤原正彦のジョークの面白さは、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』(ちくま文庫)を彷彿とさせる。知的でありながらクスッと笑わせてくれる本はそんなに多くない。あと、人と人との交流を描く達人として南木佳士という医師作家もいるが、『遙かなるケンブリッジ』の解説を南木佳士が書いているのを見た時には鳥肌が立った。

 

『自分らしく生きる』(講談社現代新書

Itoが20周以上読んだ唯一の本(唯一でないかもしれないが)。大学生時代に何気なく入った池袋サンシャイン通りブックオフの新書本100円コーナーに置いてあって、偶然手にした。ただ、この本とまさかここまで長い付き合いになるとは思ってもいなかったし、迷いが生じた時には必ず手元にある一冊である。以下、本の紹介文から引用。

君はいま、本当に心の充足を感じながら生きているか? 道具や機械、組織や制度に支配されず、本当に自律的な人生を生きているか?あり余るほどの“モノ”に囲まれ、情報や娯楽が氾濫する日常生活。過剰な生産=消費のサイクルの中で、自分らしさを失わずに生きるには、人はいったい何を必要とし、何を必要としないのか。現代を真摯に見つめてきた著者が、迷える若い世代に呼びかける熱い魂のメッセージ。

 

自分の道を選ぶには?――君が自分の人生にたいして高い要求をいだき、自分の本当にしたいことをして生きようと決意したとき、君はどういう問題につきあたるだろうか。《他律的に管理された生き方で満足するか、自律的な活動の生を選ぶか。その二者択一の決定をたえず自分でしなければならない》これが、君のつきあたる困難の第一だ。そして君が後者を選ぶ勇気をもつならば、君は、《自分の行為にたいする責任を自分でひきうけ、それによって生じるありとある危険をみずから担わなければならない》

さらに、目次からも引用。

● 自分の本当にしたいことが見つけにくくなっている時代に、君はどうやってそれを見つけるか。
● 立ちどまって、たえず「なぜ?」と問いかけねばならない。それが君の意識した自律的生活の始まりになる。
● 現在の状況のなかで新しい生のあり方を考えるには、原点に戻って今を見なければならない。必要なのはほんのわずかの想像力なのだ。

現代社会に吞み込まれることなく、どのようにして自分の人生の主導権を握り続けるかという命題をとことん突き詰めた本である。この現代社会に生きている中で何か心に引っ掛かりを覚える人社会の歯車に成り下がりたくないという思いを持っている人には是非読んでほしい。内容が古いという書評も確かにあるのだが、人間にとって大事な、普遍的なことがしっかりと書かれているように思う。

 

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人生の道標ともいえる一冊

コロナ禍でどう長期休暇を過ごすかという苦悩

医師には基本的に休暇というものが存在しないが(病院総合内科は最低週1は休める)、それでも夏季休暇と有給休暇は存在する。それぞれに大体5日から7日程度あてられることになるが、そういった長めの休暇をどう過ごすかが非常に悩ましい今日この頃である。というのも、COVID-19が流行している。そして、デルタ株の出現前後でワクチンの効きがまるで変わってきてしまっているので(発症予防 95% → 70%)、ワクチンを2回接種していても時にクラスターが発生するという油断大敵という状態だ。最低限の社会的マナーとして県外への移動を自粛しないといけないという話になっているわけだが、当然これは医療従事者の場合も例外ではない。

 

特に医療従事者の多い家族となると、普段休みを合わせることができないものだから、長期休暇くらい県外に出たいという不満も噴出してくる(特に外科系だと常にハードワークなので、はっちゃけたくなる気持ちもよく分かる)。そこにItoが「こんなつまらんことで人倫の道を外れるわけにはいかん!」と偉そうに腕組んで演説するわけだから、家族喧嘩に発展する……と。県外への移動を自粛すると口で言うのは簡単でも、家族の不満を抑えないといけないという意味ではなかなかに難しい仕事ともいえる。

 

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コロナ禍以来、道端の花に足を止めて愛でることが増えた

 

さて、声を荒らげて「県外に移動しない」という方針を絶対死守するところまでは良いのだが、1週間もの期間を自宅でずっと過ごすのもなかなか苦痛だ。Ito個人に限れば、日常臨床の中でやり残した研究をやったり、論文を書いたり、積読になっている本を読んだり、ふるさと納税の返礼品を集めてテイスティングしたりと色々とやることがあって忙しいから引き籠り生活もさほど苦ではないのだが、引き籠り耐性のない家族がこれをやると、メンタルに不調をきたしてしまうことは間違いないだろう。PCに向かってむさい男が一匹、頭を抱えてウーウー唸っている光景を一日中見させられる家族の気持ちも考えなければいけない。守るべき最低限のルールをしっかり守りつつも、肉体的・精神的に持続可能な方針を採る……このバランスとりには多少の苦悩を伴うわけだ。

 

ちょっとロジカルに考えてみると、新型コロナウイルス飛沫感染接触感染が主で、特殊な条件下(エアロゾル発生手技など)において空気感染も起こるとされている。ということは、素直に飛沫感染接触感染が理論上起こりえない状況で過ごせば良いということになる。これを言い換えると「他の人が全くいない場所で過ごせば良い」ということになるわけで(例:人のいない南極では風邪をひかない)、例えばホテルに宿泊して普段同居している家族以外の誰とも接しなければ良いという話になるだろう。

 

実際、都内の同業者の先生方が夏季休暇をどう過ごされているのか、SNSを見て自分なりにサーチみたが、ぱっと見では都内のホテルに宿泊されている先生方が主な印象を受けた。理詰めで考えていくと、自宅への引き籠り以外では「ホテルに宿泊し、そこから外出することなく非日常の空間を楽しむ」というのが最適解なのだろう。100%人に会わないのは無理だとしても、チェックイン・チェックアウトの時しか人と向き合わないようにして、あとは手洗いうがいを100%徹底すれば、感染リスクを大きく抑えることができるという計算である(もっとも、この100%徹底という部分が意外に難しいことと、手段が簡便であるがゆえに手指衛生を信用しない人がいるというのが、このコロナ禍遷延の一因となっている感は否めないが……)。

 

そうすると「ホテルから一歩も出なければ、県外でも良いではないか」という疑問も当然ながら生じてくる。結論としては「『医学的には』その通りかもしれない」と言わざるをえないだろう。県外に移動したとしても、理論上感染が起こらないような状況を作り出すことは不可能ではない。人と殆ど会わなければ良いのだから。ただし、「県外に移動する」というのが「社会的に」許容されるかどうかは別問題であるという点には注意しなければならない。医学的に大丈夫であることと、社会的に大丈夫であることは、全くの別問題で、このあたりは弁えねばならない。

 

つまり、人間社会には色々な考えを持った人がいる。ロジカルに正しいことが全て受け入れられるというわけではなく、意思決定にあたっては周囲の感情にも配慮が必要である。それに、どんなに適切なことをやっていても、偶然悪い結果が出てしまえば誹りも免れないだろう。正直なところ、「県内の宿泊施設に引き籠る」というItoの思う最適解についても、反対意見がきっとあるはずだ。このプランをItoが最適解だと思う理由は、感染拡大を防ぐことと家族の空中分解を防ぐことのバランスをとるに妥当な方法と判断したからであって、感染拡大を防ぐことを最優先するのであれば「自宅に引き籠る」が間違いなく正解である。このことは素直に認めるし、独身だったら迷わずそうする。

 

このコロナ禍もまだまだ年単位で続くことが予想されるわけだが、その後には必ずや「ポストコロナ時代」という目まぐるしく状況の変わる激動の時代がやってくる(あるいは、コロナ禍と並行して)。脱成長の概念やSDGなどが注目されつつあるとはいえ、資本主義社会の成長スピードはまだまだ侮れない。だから、まずはCOVID-19に罹患しないこと(罹患しても生き残ること、周囲にうつさないこと)。それに加えて、ポストコロナ時代を生き抜けるだけの肉体的・精神的な余力を残しておき、可能であればこのコロナ禍の間に新しい時代に向けた投資を行っておくこと。一方的にCOVID-19に負け続けてばかりもいられまい。

駆け出し無課金勢によるアカデミズム戦略

病院総合内科からこの1年半年で約40本の論文をPubMedや医中誌に載る雑誌に出していて、周囲から「日常生活のルーチンとして論文を出している」とか言われることがあります。実際のところはそこまで気軽なものでもなく、あくまで非日常の営みといいますか、毎回論文を出してrejectやrevisionを要請される度に地団駄を踏んでいます。周りが思っているほど楽勝というわけではないのです。やはり受かった時は嬉しいもので、それがレベルの高いジャーナルとなると、一日中舞い上がってはしゃいでいます。カウントしているわけではないのですが、体感的には「160戦40勝120敗」くらいでしょうか。特に論文を書き始めた頃は負けた回数の方が圧倒的に多くて(8連敗の時はさすがに鬱で1週間寝込んだ)、最近になってようやく「受かる時ってこんな感じ」という感覚が掴めてきたところです。まぁ、ここまで負けを重ねた理由として、論文執筆の指導者がいなかったというのは間違いなくあるでしょうね……。

 

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大好きな『はじ漢』がリニューアルされていた!!!

 

論文を多く書いていて感じたことは、論文が受かるかどうかは論文の質だけでなく、雑誌を上手く選べるかということもかなりあると思っています。例えばCureusという雑誌がありますが、open accessなのに出版費を取られないということで(校正費を求められることはある)、結構よい投稿先でした。日本人にはあまりよく知られていない雑誌だったようで、受かりやすかったんですね。ところが、最近Cureusも掲載論文数が増えて、blue ocean(競争の激しくない区域)からred ocean(激戦区)へと変わってしまったようで、査読所見も教育的なものから理不尽なものへと変わりつつあるような気がします。なんというか、もともとCureusが謳っていた「peer reviewはpeer rejectではない」という理念がどこかへ置き去られてしまったような……。Cureusのフォーマットが刷新されたところを見るに、何かCureus内部の体制が大きく変わってしまったのかもしれません。昨年まではCureusはcase reportの投稿先として扱いやすかったのですが、今のCureusはちょっと勧め難いというのが正直な気持ちです。

 

いままでblue oceanと思ってやってきた場所が、気がつけばred oceanに変わりつつある……そう直感した時は、その分野の残滓を元手に新しい分野を開拓した方が長期的に安定したパフォーマンスを実現できるのではないかと思うわけです。本当に優秀な人はred oceanの中でも激しい競争を生き抜けてしまうのですが、Itoはそこまで優秀な人じゃありません。「自分には周りの人たちみたいには傑出した才能がないのかもしれない……」と少しでも自覚しているのであれば、何かを始めるよりも先にblue ocean探索に力を注ぐのが得策です。

 

さて、Cureusに代わる投稿先として最近自分が気に入っているのが、投稿規定が英語以外の言語(ドイツ語やスペイン語など)で記載されているPubMed雑誌です。そういった雑誌は英語話者が絶対に参入してこないために、PubMed掲載でimpact factor付きのこともあるのに激戦区になっていないということが多々あります(英語話者は語学が苦手という法則を逆手に取るのだ!)。そして、最低限の第二外国語リテラシーNHKラジオ講座レベル)とgoogle翻訳があれば、投稿規定の解読も雑誌編集部とのやり取りもできてしまいます。Google翻訳の性能は「日本語 ⇔ 英語・他言語」だとまだまだイマイチなのですが、「英語 ⇔ ラテン語派・ゲルマン語派」だとかなりパフォーマンスが良いのでなかなか便利です。

 

他にお勧めの投稿先は、英語以外の言語のimpact factor付きPubMed雑誌が英文誌へとリニューアルした結果、一時的にimpact factorが消えているというパターンの雑誌でしょうか。英文誌で掲載論文のレベルが悪くないのに、impact factorがついていない場合はその雑誌の創刊年を調べてみるのが良いかと思います。創刊から1-2年の場合は、その前身となる雑誌がないか確認して、あったらその前身誌のimpact factorを確認してください。そういうケースでは前身誌にそこそこ高いimpact factor(1-5くらい)がついていることがあるのです……! その雑誌の真価を知っている人間しか投稿しないという、究極のblue oceanだと思いますが、如何でしょう?

 

なぜこんなにも雑誌の選び方にこだわるかというと、(力量不足に加えて)Itoが無課金勢だからというのが大きいですね。PubMed雑誌に投稿する際に、膨大な投稿料(数万~数十万円単位)を取られてしまう雑誌が結構多いので、課金勢か無課金勢かで論文の採択のされやすさに圧倒的な差が出てきてしまうのです。親リッチや科研費による財政基盤がある場合は、お金の力にモノを言わせてPubMed雑誌にどんどん論文を投稿することが可能ですが、そういった財政基盤のない本当の意味での駆け出し医者の場合は相当戦い方に工夫を凝らさないとアカデミズムの世界では絶対に勝てません(リアル人生ゲームというのはそういう仕様なので致し方なしです)。アカデミズムにも金銭面の格差が及んでいるというのは実に不都合・不愉快な話ですが、現実を直視してその中で上手に戦い抜くしかないのです(それにしても、自分の同業者たちがOFIDとかにバンバン投稿しているのを見ると何だか悔しくなりますね……あれは生半可なコストでは済まされないはず)。

 

ところで、よく質問されるのが英文校正費をどうしているのかという話です。自分は基本的に英文校正には出さないスタンスです。そこまでお金に余裕がないから。原著などの長い論文だとボロが出るので渋々数千円から数万円を出すことにしていますが、殆ど直されずに返ってくることもあって、本当に校正が必要なのか怪しむことがあります。加えて、英文校正をしていても雑誌編集部から英文校正せよとのお達しが来ることがあって、理不尽を感じることもありますね(良い校正業者も悪い校正業者もどちらもいるので、ネイティブという理由だけでその英語を盲目的には信用しない方が良いと思います)。そういった事案があることを踏まえると、先に提出してから必要時に英文校正に出すというスタンスでも良いのかもしれません。なお、最近流行りのGrammarlyは、活用することを強くお勧めします。これは年間5,000円~1万円くらい(50%割引券を使うかどうか)で簡単に英文チェックをしてくれるプラットフォームで、初歩的な文法ミスや複雑すぎる表現を上手く修正してくれるので、非常に便利です。課金嫌いのItoの数少ない課金のひとつで、なかなか手放せないです。

 

そんな感じで、病院総合内科は財政基盤にモノを言わせないタイプの戦い方でアカデミズムに参入しています。論文を書きたい初期研修医の先生がいらっしゃったらお声掛けください! 是非一緒に頭脳戦をやりましょう!(ひとりで論文を書くのに飽きてきて、そろそろチーム戦をやってみたいという寂しさが……)

人生における二大選択肢のあいだ

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緊急事態宣言で趣味の図書館通いを奪われた……

 

医者人生には様々な選択肢があるが、その中でも最大のものは「出世を狙うか、否か」というものであろう。アカデミズムの中で「出世を狙う」のは容易なことではなく、まず大学医局の苦行を耐えて博士号を取得しなければならず、さらには海外留学をしたという実績で箔をつけなければ太刀打ちできなくなる(このあたりは日本のアカデミズムの闇である)。

 

何が厄介かといえば、こういった出世への道のりは険しくて、ある程度は家庭とプライベートを犠牲にしなければならなくなるし、おまけに大学院や留学の間は収入が途絶えるという問題点もある。何より、博士号を取得して海外留学すれば出世できるかというと、そうとも限らないという点である。やはりポストはどうしても限られているので、博打的要素が強いように見えてしまう。

 

ただその一方で、現在は昔ほど大学医局の力が強くない時代である。病院でアルバイトして金銭収入とすることも、20年前であれば大学医局に所属して斡旋してもらわないといけない状態だったが、現在であれば斡旋業者に頼んでアルバイトを紹介してもらうことができる。自然、医師として「出世を狙わない」という道も選択可能になってきた。基本的に医師のアルバイトではその気になれば大学勤務の5-6倍くらい容易に稼げてしまうものなので、(収入の安定性が減じることに目を瞑れば)敢えて「出世を狙わない」という道もなかなか魅力的ではある。

 

わざわざ大学医局内で不毛な競争をしなくても、ある程度の統計リテラシーと批評してくれる友達がいれば、上位のジャーナルに論文を載せて歴史に名を刻むことも可能である(経験上は)。そう考えていくと、大学医局で上を目指すメリットは、自己満足以外にはあまりないのかもしれない……そんな諦念へと辿り着いていく。

 

日本国内での名声を強く求めていないのであれば、冷静に考えて「出世を狙わない」という選択肢の方が、機会損失のリスクが結果的には低くなるだろうし、合理的なのだろう。いまの日本医療の状況を考えたら、「出世を狙う」というのはハイリスク・ローリターンの行為にどうしても見えてしまうのである。実際的には何をリターンと見なすかにもよるだろうが……。

 

大学教授になれば名前を残せるという意見もあるかもしれない。ところが、ぼくらは残念ながら自分の所属する国の歴代内閣総理大臣の名前すら暗唱できていない。いわんや歴代大学教授の名前をや、である。後世に名前が残るのは、あくまで「何をなしたか」によってであって、「どんな地位になったか」によってではない。そう考えても、やはり出世を成し遂げて、ごつい肩書きを得るメリットが本当に存在するのかは怪しいものである。

 

畢竟、「出世を狙うか、否か」という問題は、よほど権力志向が強いのでなければ、答えも自ずと明らかなのではと思う。出世しなくても十分にお金は稼げるし、ジャーナルに載るような臨床研究もできてしまうのだから。しかし、物事には常に特殊なケースが存在するから厄介だ。とりわけ問題となりそうなのが、「自分自身は出世に興味がないのに、周囲が自分の出世を強く望んでしまっている」というパターンであろう。自分は出世に興味なくても、親が望んでしまっているとか、上司が望んでいるとか、故郷の人たちが中央での活躍を応援しているとか……そういった状況のことである。

 

そういった例外的状況ではどう振る舞うのが正解なのだろうか? 少し考えてみたところで、どうも容易に答えは出なさそうだ。そんな時こそ、医者の先輩を例にするだけでなく、参考になる歴史人物を書物の中に探し求めるべきだろう。例えば、竹中半兵衛羽柴秀吉の初期のブレーンとして有名で、僅か16人で現在の岐阜城を乗っ取った奇才の持ち主だが、どうもある種の技術者という趣きで出世にはあまり興味がなかったように見える(短命だったため、長生きしていたらどう振る舞っていたかは未知数)。他には、白洲次郎吉田茂の側近として戦後GHQと渡り合ったことで有名なかっこいい人物だが、この人も使命を終えるとあっさりと政界から身を引いてしまっている。

 

他にも、出世に興味がなかったのに有名になってしまった例が歴史上に幾つかあると思うが、共通点としては「参謀」とか「側近」であった点が挙げられるだろうか。つまりは一番手(羽柴秀吉吉田茂)がいて、それを補佐する二番手として活躍しているのである。そう考えると、「自分自身は出世に興味がないのに、周囲が自分の出世を強く望んでしまっている」というパターンでどう対処すれば良いかも何となく見えてくるのではないか。

 

回答例。自分と志を同じくしつつも、出世に燃えている人物を探すべし。そして、それを補佐し、その出世街道を助けるべし。出世の重荷そのものは、出世したい人間に任せてしまえばいいのである。そういったふうに二番手として生きて、一番手の陰に名を残すような人生も、案外悪くないのかもしれない(意外と下手な一番手になるよりかは名前を残せる気がする)。これはこれで面白い人生になるのではないかと思うし、周囲の意表を突く選択肢として如何だろうか。

 

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塵も積もれば山となることを力説。意外と気に入った一冊

「イノベーション = 新しい」……それ本当?

経済学の本をある程度読んだところで、最近は経営学の本も借りて読むことが増えてきたが、読んでいて小難しいと思うことが多い。経営学の本は、個別の企業の振る舞いを集めてきて、そこから一般的な結論を導き出す帰納的手法のものが多いわけだが、その個別の企業は理論家の側がある程度恣意的に選ぶこともできてしまうわけで、自然科学でいうところの選択バイアスに注意しながら読まないといけないなと感じてしまう。そういう意味では、経営学の本に書かれている理論というのは鵜呑みにするのでなく、ある程度感覚的に納得できる部分を上手に選んで実践に生かしてみるのが良いのかもしれない。

 

直近で読んだのは、『両利きの経営』(東洋経済新報社)という本である。この本を選んだ理由は、「本屋さんで平積みにされているのを見たことがあった」「そんな本がたまたま借りられずに図書館に置いてあった」という2点のみ。雰囲気だけで、内容を全く見ずに借りてしまった。読んでみた印象としては、経営学の例に漏れず小難しかった。ただ、言わんとすることはあまり難しくないのかなとも感じた(正直に言うと、必読書ではないんだろうなーと思った(スミマセン!))。

 

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革新的に見えて、案外そうでもない本だった……?

 

この本は、どのように企業が安定的にイノベーションを起こし、再現性をもって高いパフォーマンスを実現することができるかを追求した一冊のようだ。その要諦は、「知の探索」と「知の深化」にあるとのこと。「知の探索」というのは既存事業を越えて遠くへと新規事業を開拓していくこと、「知の深化」というのは既存事業を深堀りして磨きこんでいくことを指している。つまり、安定かつ良いパフォーマンスを実現できている昔ながらの事業を維持して深化させつつも、時代の変化に適応できるよう新しい分野へと手を広げていくということである。

 

確かに、根無し草のように新しいことばかり追いかけていっても、資金源などの基盤がなければ、失敗した時にそのまま枯れてしまうだけであろう。また、既にある事業ばかりに力を入れていると、時代の変化に取り残されてしまうことはこの10年の身の回りの変化をみても明らかだ(10年前の自分は10年後もガラケーを使っていると本気で思っていた!)。こういった事態を避けるために「両利きの経営」が必要である……表面的にはそういうことなのだろう。ただ、これだけだと当たり前のことしか言っていないように見えてしまう。

 

しかし、言うは易く行うは難しである。実際的にどのように「両利きの経営」を行うかは、企業文化や世間的な事情などを加味して柔軟に行わなければならないし、この本にもそのあたりが特に詳しく書かれているわけでもなかった。ただ、「両利きの経営」を行うとしたら、ふたつばかり最低限注意しないといけない点があるようにItoには感じられた。

 

ひとつは、「攻防一体」というよりかは「攻防連携」の姿勢で臨むこと。「知の探索」(新規事業)を行う部門と「知の深化」(既存事業)を行う部門とで、行う事業とターゲットとする顧客のいずれかは異なってくるわけで、両部門が同化してしまっていると恐らくは上手く機能しない。それに、「知の深化」(既存事業)の部門が直接「知の探索」(新規事業)に手を出すと、リソースを思い切って割くことができず(どうしても安定している既存事業に優先投資してしまいがち)、結果的に「知の探索」が形骸化してしまうという問題が生じてしまいそうだ。要するに、「知の探索」と「知の深化」はある程度独立して行われなければならない。

 

ふたつめは、「イノベーションを若手の専売特許と思い込んではいけない」ということ。応用が基本の積み重ねから生じるように、イノベーションも既存事業の積み重ねから繰り出された方が圧倒的に有利である。つまりは、もともとあるノウハウを他に転用するということだ。従って、「知の探索」(新規事業)の部門を率いる人間は、ある程度「知の深化」(既存事業)の中に人脈を持っていて、蓄積されたリソースを引き出せる人間であった方が有利だろう。そういう意味で、イノベーションを担うのは若手よりもその集団の中でベテランの立場にある人間である方が好ましく、まとめると「知の探索」と「知の深化」が完全に独立していてはいけないということになる。

 

このように考えていくと、「両利きの経営」が難しい理由は、「知の探索」(新規事業)と「知の深化」(既存事業)の絶妙な距離感を実現するのが難しいからではないだろうか。人が集まるところには例外なく派閥があり、争いがあるわけで、「知の探索」(新規事業)と「知の深化」(既存事業)が協調することも極めて難しいのではなかろうかと思うのである。両者を上手く調整できるようなリーダーシップ……うーん、ちょっと気の遠くなりそうな話だ。

 

さて、病院総合内科はちゃんと「両利きの経営」になっているだろうか。大学病院の三大業務は「臨床」「研究」「教育」とされているが、それぞれの担い手が完全に独立してしまっている医局が多く、大半の大学医局が「両利きの経営」からは程遠い集団になってしまっているようには見える。こういった反面教師を横目に見ながらも、病院総合内科を、既存の臨床業務を大切にしていきながら、そこから新規に研究や教育を伸ばしていけるような集団にしていきたいと改めて感じた次第である。もちろん、身の丈を越えた戦線拡大は疲弊のもとなので、メンバーの余暇を大切にしたいと思っていることも付け足しておこう。

歴史探訪、人生をめぐる諸問題

最近、衝撃的な書籍を読む機会があった。『生活の発見 場所と時代をめぐる驚くべき歴史の旅』(フィルムアート社)である。非常に地味で、自分の知る限りでは表立って日本で取り上げられたこともなかった本だと思うのだが、この本の存在があまり知られていないのは勿体ないと感じたので紹介したい(なお、今回も「だ・である」調で書いていて、Ito個人の見解であることを予め断っておく)。

 

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現在と未来を読み解くには、過去を掘り下げるのが良いだろう

 

人生を考える上で、決して避けることのできない問題が幾つかある。愛の問題、家族の問題、仕事の問題、お金の問題、信念の問題など、枚挙にいとまがない。古代ギリシアの哲学者から現代を生きるぼくらに至るまで、みんながこういった問題と格闘してきた。そう、数多くの人々が、こういった人生における諸問題を真剣に考えて考察してきたのだ。悩んでいるのはぼくらだけだと思うのは大間違い。昔の人々もこういった問題に対して各々回答を導き出しているわけで、その思索の積み重ねをぼくらが追体験しないのは勿体ないと思うのだ。この本は、人生における諸問題に対してどう先人たちが格闘し、どのような結論に至ったのか/至らなかったのかを紹介してくれる名著である。ぼくらの悩みに対する答えは教えてくれないかもしれないが、どうアプローチしうるかは教えてくれるので、悩みの多い人ほど読む価値があると思う。

 

例えば、愛の問題。現代においては「愛」は「愛」でしかないが、昔は「愛」というと「エロス(恋)」「フィリア(友愛)」「ルードゥス(戯れ)」「プラグマ(成熟愛)」「アガペー(無私の愛)」「フラウティア(自己愛)」の6つに大別されていたという。これらの6つの言葉を現代語に翻訳するのは極めて難しいが、それぞれの概念をぼくらが全く理解できないかというと、案外そうでもない。現代における「愛」は、ボキャ貧の問題に直面していると言ってよく、それがLGBT問題(「フィリア」を「愛」と認めない態度)などの歪みの遠因になっているのではないかと改めて感じた次第である。ぼくらの身近なところで言えば、10年くらい前の大河ドラマに「天地人」というのがあって、その主人公である戦国武将・直江兼続が「愛」の字の兜を被っていたことは良く知られているが、あれを見て気恥ずかしく思った人がいるのであれば、それも「愛」のボキャ貧に起因する問題だ(あれは民に対する「アガペー」を指している)。一口で「愛」と言っても色々な「愛」のかたちがある。昔から現代に至る過程で失われたものを取り戻すことが、現代を知る第一歩なのではないかと改めて感じた。

 

昔から現代に至る過程で失われたものというと思い浮かぶのが、「分断の時代」というキーワードである。COVID-19流行前から人種差別問題が激化して米国でBLM問題(Black Lives Matter)が顕在化していたし、COVID-19流行直後にはアジア人への偏見が大きな問題になったこともあった。国際情勢に目を向けると、中国とロシアの軍事行動が活発化しており、米国もアフガニスタンから手を引かざるを得ない状況になっていて、(日本国内にいると平和しか視界に入ってこないが)もはや一触即発の状況にあると言ってよいだろう。気がつけば、この2020年前後で世界が大きく分断されてしまったように見えるのである。

 

この分断をどうリカバリーするかの方策が全く見えてこないところが現代における頭痛の種なのだが、それでも立場を異にしてきた人々が和解した歴史があるということは知っておいて良いだろう。黒人(今ではBIPOCと呼ぶのが適切か)差別の結社の元指導者であるCPが心を入れ替えて公民権運動など黒人サイドの運動に参加したという逸話がとても印象に残っている。なぜCPが考えを改めたのかというと、実際に黒人の親友を持って、自分と黒人とで共通点が多いことに気がついたことが大きなきっかけだったようだ。そもそもCPが結社に入った理由が、貧困であった。黒人によって仕事を奪われて……という被害意識があったようだ。しかし、黒人もやはり貧困に苛まれている立場である。生活が苦しいという共通点を実際に会うことで確かめ合うことで、CPは黒人も同じ人間であることを理解することができ、はじめて自身の肩書きを乗り越えることができた。

 

日本の歴史に例を採るとすれば、戦国武将の立花宗茂島津義弘のやり取りが有名だろうか。立花宗茂の父親は高橋招運という名将で、島津氏と戦って戦死した経緯があったので、立花宗茂島津義弘は仇敵同士であった。その両者が、関ケ原の戦いではともに西軍として参戦し、敗走した。その際に、兵数の少ない島津隊を見つけた立花家の家来が、宗茂に「今が好機」とばかりに仇討ちを進言した。その時に宗茂が「敗軍を討つは武家の誉れにあらず」と激怒したことは、一部の歴史好きの間ではあまりにも有名である。このことをきっかけとして、立花宗茂島津義弘は信頼し合う間柄となり、ともに領地のある九州地方まで船路を共にしたとされる(この逸話は、海音寺潮五郎の『武将列伝 江戸篇』に生き生きと描かれているので、興味のある方は是非ご一読を)。

 

こういったように、立場を異にしていても、実際に会って、腹を割って話して、お互いに色々と問題を抱えて苦しんでいる人間であるということを確かめ合うことで、何とか相互理解に結びつくことがある。今後はこういった付き合いのやり方が、今まで以上に重要になってくるのではないだろうか。自分と異質の人間と触れ合うことを恐れない——これがこの「分断の時代」を生きる上では大事なのではと思うのである。

 

他にも、この本には「時計による人生の支配から逃れる」とか「どこまで簡素に生きられるか」とか、「旅行ガイドに支配されずに世界を見る」とか、そういった「自由に生きるためのヒント」がたくさん散りばめられている(ぼくらが時計や旅行ガイドに支配されて生きているなんて、普通に生活していたら考えもしないだろう!)。これはまさに、「生き方の大博覧会」とでも呼ぶべきもの。Itoは図書館でこの本を借りて読んだが、さすがに何度も読み返すべきと感じたので1冊買うつもりである(少し硬派な本なので、繰り返し読むほど味が出てくるだろう)。現代社会からの支配を脱し、自分の人生を生きたいのであれば、こういった形で先人たちの行動や施策を追体験することも大きな手掛かりになるのではないだろうか。