つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

周術期抗菌薬は術後24-48時間まで

はじめに

Dr.'s Prime Academiaで「抗菌薬物語Ⅲ」をレクチャーした際に色々とご質問をいただいたのですが、その中で周術期抗菌薬に関するものがあったので、今回の記事ではそのあたりを取り上げようと思います。手術部位感染症を予防するために、術直前から周術期抗菌薬を患者さんに投与するプラクティスがあるわけですが、WHOや学会などからは「術後24時間(術式によっては48時間)以内に抗菌薬をやめなさい」と言われているわけですね。

それで、いただいた質問というのが「口腔内などの頭頚部手術において、周術期抗菌薬は術後24時間までで本当に良いのか?」というものでした。日本化学療法学会と日本外科感染症学会の出しているガイドラインによると、耳鼻咽喉科領域の周術期抗菌薬は喉頭全摘術や口腔内切開を含む下顎骨切除術など、一部の例外を除けば術後24時間以内に周術期抗菌薬を終えることになっています。

ただここで問題なのは、「術後24時間までで『本当に』良いのか」とご質問いただいている点です。つまり、「ガイドラインにそう書いてあるから!」ではなくて「こういう研究論文があるから」と回答しないといけないわけなんですよね。そういうわけで、バイキン屋さんが自分の勉強も兼ねて少しばかりサーチしてみたわけです。

 

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そもそも24時間という数字が恣意的すぎない?

かなり大胆な発言かもしれないですが、実は感染症領域に現れる数字って結構いい加減です。例えば、抗菌薬の投与期間の話をすると、肺炎なら5-7日間、菌血症なら14日間みたいな書かれ方をしています。なんというか、ちょっとキリが良すぎるんですよね……。それで、NEJMのコラムを読むと、抗菌薬の治療期間は「5の倍数」または「7の倍数」になるように偉い人たちが決めちゃっているみたいで……。つまり、まぁ、臨床経験に即して雰囲気で決まっているわけです。そうすると、周術期抗菌薬が術後24時間以内というのも、途端に怪しくなってきます。こちらも数字としてキリが良すぎる気がしてきますね。

※ 臓器別感染症の抗菌薬投与期間も、いまはちゃんとランダム化比較試験などで検証されているところなので、少しずつ恣意性(エキスパートオピニオン性)が剝がれてきているところではあります。

 

実際に24時間(or 48時間)ルールは妥当なのか?

ということで、周術期抗菌薬の24時間(or 48時間)ルールも偉い人が恣意的に決めたんじゃないの?という疑念がちょっとだけ湧いてきてしまう。そういう時こそ、質の高い研究論文を確認する必要があります。そこで、外科手術一般に対する周術期抗菌薬のメタアナリシスを1本紹介いたしましょう!

de Jonge SW, et al. Effect of postoperative continuation of antibiotic prophylaxis on the incidence of surgical site infection: a systematic review and meta-analysis. Lancet Infect Dis 2020;20(10):1182-1192.

このメタアナリシスは、83のランダム化比較試験を含んだ研究論文で、術後X時間以内に抗菌薬を終了した群と術後X時間以降も抗菌薬を使用した群とで手術部位感染症に違いが出るかの研究を集めたものになっています。X時間の部分は個々の研究によって異なっているようなのですが、24時間としている研究が大部分のようです(他には48時間、72時間の研究なども少数ずつ含まれています)。また、術式としては、胸部外科、頭頚部外科、産婦人科、外傷外科、整形外科が含まれているようです。

Procedures were diverse and represented gastrointestinal, cardiac, thoracic, head and neck, gynaecological, obstetrics, trauma, orthopaedics, and maxillofacial surgery.

それで、抗菌薬術後終了群と延長群とで比較すると、抗菌薬延長群で手術部位感染症が減るわけではないと言われているので、抗菌薬を無暗に延長する意味は薄い……そういう結論になっております。もちろん、固形臓器移植などの例外はあるのですが、周術期抗菌薬を24-48時間以内に終了しなさいというWHOからのお達しは概ね間違っていなさそうです。

 

頭頚部手術での周術期抗菌薬はどれくらい研究されている?

とはいえ、今のメタアナリシスは頭頚部手術以外の術式もごちゃ混ぜにした結論です。バイキン屋さんがいただいた質問は、頭頚部手術では如何かという内容なんですよね。そこで、(世界は分けても分からないとは言いますが)いまのメタアナリシスに含まれる論文から頭頚部手術のものを今度はピックアップしてみるわけです。ここから少しビッシリするので閲覧注意……。

  1. Maier W, Strutz J. [Perioperative single-dose prophylaxis with cephalosporins in ENT surgery. A prospective randomized study]. Laryngorhinootologie 1992;71:365-9.
  2. Mann W, Maurer J. [Perioperative short-term preventive antibiotics in head-neck surgery]. Laryngorhinootologie 1990;69:158-60.
  3. Rajan GP, Fergie N, Fischer U, Romer M, Radivojevic V, Hee GK. Antibiotic prophylaxis in septorhinoplasty? A prospective, randomized study. Plast Reconstr Surg 2005;116:1995-8.
  4. Campos GB, Lucena EE, da Silva JS, Gomes PP, Germano AR. Efficacy assessment of two antibiotic prophylaxis regimens in oral and maxillofacial trauma surgery: preliminary results. Int J Clin Exp Med 2015;8:2846-52.
  5. Lindeboom JA, Baas EM, Kroon FH. Prophylactic single-dose administration of 600 mg clindamycin versus 4-time administration of 600 mg clindamycin in orthognathic surgery: A prospective randomized study in bilateral mandibular sagittal ramus osteotomies. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod 2003;95:145-9.
  6. Cioaca RE, Bucur A, Coca-Nicolae C, Coca CA. [Comparative study of clinical effectiveness of antibiotic prophylaxis in aseptic mouth-jaw- and facial surgery]. Mund Kiefer Gesichtschir 2002;6:356-9.
  7. Wahab PU, Narayanan V, Nathan S, Madhulaxmi. Antibiotic prophylaxis for bilateral sagittal split osteotomies: a randomized, double-blind clinical study. Int J Oral Maxillofac Surg 2013;42:352-5.
  8. Danda AK, Wahab A, Narayanan V, Siddareddi A. Single-dose versus single-day antibiotic prophylaxis for orthognathic surgery: a prospective, randomized, double-blind clinical study. J Oral Maxillofac Surg 2010;68:344-6.
  9. Kang SH, Yoo JH, Yi CK. The efficacy of postoperative prophylactic antibiotics in orthognathic surgery: a prospective study in Le Fort I osteotomy and bilateral intraoral vertical ramus osteotomy. Yonsei Med J 2009;50:55-9.
  10. Liu SA, Tung KC, Shiao JY, Chiu YT. Preliminary report of associated factors in wound infection after major head and neck neoplasm operations--does the duration of prophylactic antibiotic matter? J Laryngol Otol 2008;122:403-8.
  11. Carroll WR, Rosenstiel D, Fix JR, et al. Three-dose vs extended-course clindamycin prophylaxis for free-flap reconstruction of the head and neck. Arch Otolaryngol Head Neck Surg 2003;129:771-4.
  12. Righi M, Manfredi R, Farneti G, Pasquini E, Cenacchi V. Short-term versus long-term antimicrobial prophylaxis in oncologic head and neck surgery. Head Neck 1996;18:399-404.
  13. Bidkar VG, Jalisatigi RR, Naik AS, et al. Perioperative only versus extended antimicrobial usage in tympanomastoid surgery: a randomized trial. Laryngoscope 2014;124:1459-63.
  14. Abubaker AO, Rollert MK. Postoperative antibiotic prophylaxis in mandibular fractures: A preliminary randomized, double-blind, and placebo-controlled clinical study. J Oral Maxillofac Surg 2001;59:1415-9.
  15. Eshghpour M, Khajavi A, Bagheri M, Banihashemi E. Value of prophylactic postoperative antibiotic therapy after bimaxillary orthognathic surgery: a clinical trial. Iran J Otorhinolaryngol 2014;26:207-10.
  16. Jansisyanont P, Sessirisombat S, Sastravaha P, Bamroong P. Antibiotic prophylaxis for orthognathic surgery: a prospective, comparative, randomized study between amoxicillin-clavulanic acid and penicillin. J Med Assoc Thai 2008;91:1726-31.
  17. Baqain ZH, Hyde N, Patrikidou A, Harris M. Antibiotic prophylaxis for orthognathic surgery: a prospective, randomised clinical trial. Br J Oral Maxillofac Surg 2004;42:506-10.
  18. Bentley KC, Head TW, Aiello GA. Antibiotic prophylaxis in orthognathic surgery: a 1-day versus 5-day regimen. J Oral Maxillofac Surg 1999;57:226-30; discussion 30-2.
  19. Fridrich KL, Partnoy BE, Zeitler DL. Prospective analysis of antibiotic prophylaxis for orthognathic surgery. Int J Adult Orthodon Orthognath Surg 1994;9:129-31.
  20. Sawyer R, Cozzi L, Rosenthal DI, Maniglia AJ. Metronidazole in head and neck surgery--the effect of lengthened prophylaxis. Otolaryngol Head Neck Surg 1990;103:1009-11.
  21. Davis CM, Gregoire CE, Davis I, Steeves TW. Prevalence of Surgical Site Infections Following Orthognathic Surgery: A Double-Blind, Randomized Controlled Trial on a 3-Day Versus 1-Day Postoperative Antibiotic Regimen. J Oral Maxillofac Surg 2017;75:796-804.

……とまぁ、かなり混沌としていますが、頭頚部領域の周術期抗菌薬に関しては20を越えるランダム化比較試験があるという事実に愕然とするわけです。自分でもリストアップしていて「ヤバイなぁ」と思いました。。

 

結論を可視化してみる

で、これらの論文の全てに関してコメントを加えていくと日が暮れるし、バイキン屋のライフポイントもゼロになってしまうので、おおもとのLancet Infectious Diseasesのメタアナリシスの図にマーキングしていこうと思ったわけです(正直、結構疲れました……汗)。その結果がこちら……

個々の研究でも有意差こそなさそうだが、信頼区間が広すぎる??

個別の研究で見ると、周術期抗菌薬を延長すると手術部位感染症が減る傾向にあるのかもしれないが、有意差には至らず、周術期抗菌薬の延長によるメリットは明らかでないという結論になるといったところでしょうか。正直なところを言うと、頭頚部手術だけを集めて解析したらどういう結果になるんだろうとちょっと感じてしまいました。

 

さいごに

JAMA Internal Medicineが「臨床やらかし集」と称してTeachable Momentというコーナーを設けているのですが、周術期抗菌薬を延長した結果、Clostridioides difficile(CD)腸炎を生じてしまったという症例を提示しています(日本でのCD腸炎は軽症で済むことが大半ですが、強毒株の多い米国ではそうはいきません)。実際のところ、抗菌薬を使用している症例の5人に1人は何らかの副作用を生じることが複数の臨床研究で示されているので、「抗菌薬延長 = 安心」かもしれないですが、「抗菌薬延長 = 安全」というわけではないのです。そういうわけで、周術期抗菌薬を延長する場合には「いつやめるか」とか「どうなったらやめるか」といった目標を明示して使うのは如何だろうかと提案させていただきつつ、この記事を締めたいと思います。