つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

教育者の育成(FD)備忘録

教育者の育成のエッセンス

 

はじめに

 2023年8月26日から8月27日にかけて第27回日本病院総合診療医学会学術総会が開催されていたのだが、その中に「教育講演13:教育者の育成(FD)」というタイトルで藤倉 輝道先生(日本医科大学 医学教育センター)による講義があった。これがなかなか興味深く、ちょうど自分がいま学んでいる "Strategic Development" とも通じるものがあったので、内容を補足しながら備忘録的にまとめてみた。というのも、今後どこかで医療現場の経営に関する論文を書く機会があるのではと薄々予感しており、その際に引用する or 復習する機会があるだろうなと考えたわけである。

 

まさか吾輩が教育理論に興味を持つことになろうとは。。

 

Faculty Developmentとは

 教育者の育成(Faculty Development:FD)とは、教員の能力開発を指し、一般的に学生や研修医を指導する立場の人間の育成を目指す。FDを計画する上では、「理論的背景」(成人学習理論や経験学習理論など)、「方略」(小グループ学習やインストラクショナルデザインなど)、「カリキュラム作成と評価」の3つを押さえておくことが望ましい。FDにおけるラーニングコミュニティ(Learning Community)の側面にも注目し、互いに学びあう関係性づくりにも配慮し、その場から即興的な学びを引き出すファシリテーターの役割も求められる。

 

医学を学ぶ上で目指すべき学習者像

 成人の学習者として、主体的学習者、協同的学習者、省察的実践家、メタ認知といった要素を兼ねそろえている必要がある。ところが、実際の教育現場ではペタゴジー(子どもの教育学)が押しつけられがちである。ペタゴジーには、「学習は依存的」、「学習者の経験は未熟ゆえ価値が少ない」、「教育の基本技法は伝達的方法」(繰り返し教える)、「教育とは整備された教育内容をこなして獲得するプロセス」、「獲得される教育内容はもう少し後になって役に立つ」、「学習を方向づけるのは教科中心」といった特徴が挙げられる。一方のアンドラジー(大人の教育学)では、「学習者の自己主導性の増大」、「学習資源としての経験の蓄積」、「教育の基本技法は経験的手法」、「学習者は自らの『知への欲求』を言い出し、教育者は支援者」、「カリキュラムは日常への応用へと組み立てられ、学習者のレディネスに沿って順序立てられる」、「得たものは今日に続く明日のためにある」、「学習の方向づけは問題解決中心」といった特徴が重視される。要するに、子どもを教える感覚で成人学習の機会を提供すると、的外れな教育となり失敗する。

 

ペタゴジー vs. アンドラジー(無断転載禁止)

 

成人学習理論(Malcom Knowles)

 Malcom Knowlesは、成人学習の特徴を以下のように規定した。
1.自己概念が確立しており、自分がどのような人間か、置かれている立場は如何なるものかイメージできており、与えられるのみの学習方略では飽きるという特徴がある。つまり、成人学習者は教育者から一定独立して学習することを好むということである。
2.過去の経験を位置づけすることができ、新しい事象と出会った時には過去の経験をリソースとして、類似した経験を対比して参照することができる。
3.学習のレディネスが確立している。つまり、社会人としての役割があり、それを遂行しようという自覚があるので、それに伴って学習を行う準備が整っている状態にあるという特徴がある(この部分はインストラクショナルデザインとも関連している)。
4.学習の志向性があり、将来のための知識を蓄積するよりかは、差し迫った場面のために役立つ知識を獲得する学習への志向性がある。つまり、切実な問題や関心を解決するスタイルの学習でなければ、長続きもしない。
5.学習への動機づけを、外からの要因よりも心の内から湧き上がる要因から得ているところがある。これができるようになりたい、こうなりたいという明確な将来像に影響する目標が学習の動機となるわけである。

 

経験学習理論(David A. Kolb)

 経験学習理論は歴史が長く、例えばKurt Lewinの変革モデル、Cark Rogersのカウンセリング、John Deweyの問題基盤型学習、Jean Piagetの発達心理学、Lev Vygotskyの発達の最近接領域などが有名である。主に心理学領域からの知見が多いわけである。そして、その集大成がKolbの経験学習理論である。Kolbの経験学習サイクルは、「経験」(feeling)、「省察」(watching)、「学び」(thinking)、「試行」(doing)のループから成る。実際に現場で経験し、観察結果を振り返りながら受容し、経験から一般則を導くか既存の一般則の適用方法を考え、そして学んだ一般則を小規模あるいは安全な状況で使ってみるというループである。このループを繰り返すわけであるが、これら4つの要素にも個人個人で得意な個所が異なってくるため、それに応じて学習スタイルを選択していくとよいかもしれない。具体的には、「経験」が強ければactivist、「省察」が強ければreflector、「学び」が強ければtheorist、「試行」が強ければpragmatistと考えられ、それぞれに適した勉強の方法があるわけである。

 

経験学習理論の概要(無断転載禁止)

 

 他の分類としては、「経験」と「省察」が得意であれば「発散型」(メディア関係者タイプ)、「省察」と「学び」が得意であれば「同化型」(法律家などの学者タイプ)、「学び」と「試行」が得意であれば「収束型」(エンジニアタイプ)、「試行」と「経験」が得意であれば「適応型」(マーケティングタイプ、政治家タイプ)というものもある。もちろん、まれではあるが、すべての要素に強く、学ぶことそのものが好きでしょうがないバランス型の人間もいる。なお、学習者の学習スタイルによって適した教育者のスタンスがある点も特筆すべきである。具体的には、「発散型」に対してはfacilitator(理解を示す)が、「同化型」に対してはexpert(講義する)が、「収束型」に対してはevaluator(評価して方向づける)が、「適応型」に対してはcoach(一緒にやってフィードバックする)が適していることが多い。可能であれば、集団の研修システムの中にそれぞれのタイプの指導者がいることが好ましい。

 

インストラクショナルデザイン(Robert M. Gagné)

 インストラクションとは、学習者の “学修” を支援するための活動すべてを指している。内的処理を支援するために設計された外的存在の集合体であり、teaching(教える)というのはそのほんの一部に過ぎない。また、インストラクショナルデザイン(instructional design)とは、教育活動の効果と効率と魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれを応用して学習支援環境を実現するプロセスと定義される。1974年頃から欧米では教育工学の中心的概念としてインストラクショナルデザインが用いられており、ベースには教育学に加えて心理学の知見が生かされている。さらに、2000年頃にeラーニングが普及しはじめた頃も、その開発基盤となる学問として注目された。例えば、eラーニングコンテンツを作る際には、(1)出口たる学習目標と(2)入口たる学習者を明確にし、それをもとに(3)構造を作り、(4)方略(情報提示 + アクティビティ + 評価)や(5)学習環境(メディアとサポート体制)をデザインしていくことになる。さらに具体的にいえば、eラーニングは、プレテスト(入口)、情報提示、演習、ディスカッション、ポストテスト(出口)、宿題で構成されることが多い。

 インストラクショナルデザインの中で重要な概念としては、Gagné の9教授事象を押さえておきたい。具体的には、導入あるいはレディネスの確立として(1)注意を獲得する、(2)学習目標を知らせる、(3)前提条件を思い出させる、情報提示として(4)新しい情報を提示する、(5)身につけ方のガイダンスを行う、学習活動として(6)練習をさせる、(7)フィードバックを与える、まとめとして(8)学習の成果を評価する、(9)保持と転移を高めるといった事象で構成される(これらの事象は、前述のeラーニングの構成にもある程度生かされている)。9つの事象は、必ずしもこの順序で提示しなければならないわけではないし、すべての事象を採り入れる必要もない。しかし、学習の最終段階で「意味的符号化」(入ってきた情報が学習者の中でひとつの命題の形へと変換されるプロセス)がなされ、さらにそれが実践で繰り返し使われないと、知識をなかなか保持することができない点には注意が必要である。なお、注意喚起に関しては、John M. KellerのARCSモデルも参考になるだろう。これはAttention(面白そうだ)、Relevance(関係ありそうだ)、Confidence(学べそうだ)、Satisfaction(メリットがありそうだ)という条件が揃うことで学ぶ意欲が喚起されるというモデルである。

 

Kirkpatricの研修評価

 学習者の評価としてはKirkpatricモデルが有名である。評価のレベル1としては、学習者の「反応」、つまり満足度として5段階アンケートなどが該当し、ここまでに留まる教育システムが多い。レベル2としては学習者の「学習」、つまりテストの成績が該当し、ここまで行う教育システムもそれなりにある。しかし、大切なのはここから先である。具体的には、レベル3の学習者の「行動」で、これはフォローアップインタビューを行うことが望ましいだろう。さらに上位のレベル4として学習者の「業績」が挙げられ、これは生産性などの数値評価が含まれる。ここまで実行している教育システムはほとんどないだろう。願わくはレベル1~2に留まらず、レベル3~4の学習評価を取り入れることが、教育システムの改善を重ねる上で好ましいと考えられる。

 

Kirkpatricの研修評価(無断転載禁止)

 

出典

Knowles, M. S. (1970). The Modern Practice of Adult Education; Andragogy versus Pedagogy.

Knowles, M. S., Holton III, E. F., & Swanson, R. A. (2014). The adult learner: The definitive classic in adult education and human resource development. Routledge.

Kolb, D. A. (1976). The Learning Style Inventory: Technical Manual. Boston, MA: McBer.

Kolb, D.A. (1981). Learning styles and disciplinary differences, in: A.W. Chickering (Ed.) The Modern American College (pp. 232–255). San Francisco, LA: Jossey-Bass.

Kolb, D. A. (1984). Experiential learning: Experience as the source of learning and development (Vol. 1). Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.

Kolb, D. A., & Fry, R. (1975). Toward an applied theory of experiential learning. In C. Cooper (Ed.), Studies of group process (pp. 33–57). New York: Wiley.

Kolb, D. A., Rubin, I. M., & McIntyre, J. M. (1984). Organizational psychology: readings on human behavior in organizations. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.

Gagne, R. M., & Briggs, L. J. (1974). Principles of instructional design. Holt, Rinehart & Winston.

Gagne, R. M., Wager, W. W., Golas, K. C., Keller, J. M., & Russell, J. D. (2005). Principles of instructional design.

Kirkpatrick, D., & Kirkpatrick, J. (2006). Evaluating training programs: The four levels. Berrett-Koehler Publishers.