つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

歴史の転換点

安倍元首相の銃撃・訃報に衝撃を受けている。時代の流れの、不可逆のスイッチがついに押されてしまった。そんな気分だ。これまでも時代が悪い方向に流れている感覚があったわけだが、それが確定してしまったような……。

 

最近行った草津温泉。日本がどんなに壊れても、こういう場所は残ってほしい

 

そもそも、いまというのはどういう時代なのだろう。自分にとっては、これまで生じてきた出来事のほとんどが繋がっているように見えてしまっているのだが、とりあえず頭の整理をしてみたい。2010年代後半の世界は、「融和」と「分断」との戦いの場だった。例えば、2013年あたりから生じてその後、2020年にかけて盛り上がっていったBLM(Black Lives Matter)運動などはその一例だろう。その頃はまだ「融和」と「分断」が拮抗していたかに見えていた。

 

ただ、2019年末からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行状況がすべてを変えてしまった。COVID-19によって打撃を受けた産業を救援するため、日本や米国を含む各国政府は金融緩和政策をとることで、貨幣の流通量を増やす政策を行った。これによって、COVID-19流行中でも経済へのダメージが一時的に軽減されていたようには見えた。が、貨幣の流通というのは、無限に増やせるものではない(いくらMMTといっても……)。ここに、COVID-19の流行が遷延するという誤算があった。貨幣が多く流通すると、その価値は当然下落する。より多くの貨幣を使わなければ、モノを買うことができなくなる。この現象を、インフレーションと呼ぶ。略してインフレ。

 

このインフレに拍車をかけたのが、フロントワーカーに対する賃金の上昇だ。COVID-19が流行して死亡者が出てくるような状況になると、普段表に出て仕事をしているようなフロントワーカーは、前線での仕事を忌避して離職するようになる。すると、労働力が不足する。稀少な労働力に対しては、高い賃金が支払われるようになる —— そうしないと職離れが進んでしまうから。賃金が上がると、企業はそれを捻出するために物価を上げようとするわけで、インフレがますます進むという仕組みがある。

 

そしてこの文脈の中で、サプライチェーン問題が顕在化する。トラック運転手や航空機パイロットなどの物流を担う人手が大きく減ってしまったのだ。ただでさえ待遇がよいとはいえない職種なのに、COVID-19に罹患するリスクを伴う仕事なのだから。物流を担う人手が減ると、貿易が滞るため、輸入品が稀少になってその価格も必然的に上昇する。特に半導体不足なんかは大きな問題になった(台湾をめぐる米中の緊張関係には、半導体不足が少なからず関連しているように見える)。それに、物流業界だと国境を越えることも少なくないわけで、そこで求められるワクチン接種証明書なども物流網の崩壊を促していたように見える(それでワクチン接種を強要されたドライバーやパイロットがワクチンを接種しない権利を叫んで離職するなどの問題も生じていた)。

 

COVID-19の流行が長続きしているうちに、各国の経済は急速なインフレによって疲弊してしまった。本来であれば、年2%程度の緩やかなインフレが経済成長上望ましいと言われているが、それを遥かに上回る水準でインフレが加速してしまったのだ。こうなってしまうと、世界各国が余裕を欠いてくる。各国が、自国ファーストの方針を採るようになってくる。他の国を助けている余裕などないというわけだ。

 

ロシアが他ならぬ2022年2月末にウクライナに進行したのも、こういった各国の経済事情が少なからず関係していたのだろう。いまならウクライナを助ける余力を持った国も殆どないだろうという思惑があったように思える。ところが、ロシアの予想に反して、欧米諸国はSWIFTからのロシア排除など、経済制裁を実施した。だがロシアやウクライナといえば、小麦や天然ガス原油といった、生活の基本となるような資源の産地。経済制裁には、こういった資源が手に入りにくくなるという苦痛を伴う。こうして、ただでさえ酷かったインフレは、さらに加速した。

 

2022年3月頃までの日本では、生活の中でインフレを実感することもそこまでなかったかもしれない。ステルスインフレ(値上げはしないが商品をこっそり小さくする)みたいなことは起こっていたが、そこまで生活の場でのインフレは明確化していなかった。それが、4月頃から明確化してきた。猛暑の中、電力も足りなくなってきた。生活が苦しくなるにつれて、自国ファーストの論調が益々強くなった。そして、気がつけば国際協力にすらも非難が向かうようになってしまった。

 

こうしてみると、「分断」の時代がしばらく続くのはもう確定的かと思われる。衣食足らざれば、礼節を知るなし。それに、日本人の中であっても「分断」は進んでいる —— 若者 vs. 高齢者、上級国民 vs. 下級国民。その中での銃撃事件だ。動機は明確ではないにしても、この時代を印象づけるには十分なくらいショッキングなニュースだった。これからの世界はどこに向かっていくのだろう。生き残るためには、どう立ち回り、どう振る舞えばよいのだろう。どうしても暗澹たる気持ちになってしまう。

 

答えは分からないが、今後生じてくる変化に即応する能力だけは間違いなく問われるだろう。民主主義という見えざる大前提が脆弱化している現状において、しばらくは世界の急降下をも覚悟しないといけないのかもしれない。だが、やまない雨はないと信じて自分のやるべきことを粛々とやり続けよう。嘆くか進むかしかないのなら、前に進むほかないであろう。