つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

抗BDCA2抗体 Litifilimab

日々論文を読むのをルーチンにしているが、基本的に論文は世界四大ジャーナル(NEJM, Lancet, JAMA, BMJ)とClin Infect Disから出ているものを選んで読んでいる。感染症専門医の世界にはインフルエンサーがいて、彼らがTwitterで推奨している論文も片っ端から読むことにしているが、やはりメインは世界四大ジャーナルだ。

 

たまーに大宮に行くのだが、老舗 山下軒のとんかつが大好きだ

 

しかし、世界四大ジャーナルから自分の守備範囲の論文ばかりが出ているかというと、必ずしもそうではない。むしろ、COVID-19の話を除けば、総合診療や感染症の論文は少数派に属していて、そのせいで世界四大ジャーナルを読むのが楽しくない時もある。やはり、総合診療や感染症の論文が多い巻にあたるととても嬉しくなるものだ。

 

特にNEJMは、新しい作用機序の薬剤のお披露目の場としての特性が強いので、自分の手に届かないような話題の論文が圧倒的に多いイメージがある。が、それでも目を通すようにしてはいる。なぜか? 感染症科医はコンサルタント業であり、主科(患者さんを受け持っているメインの診療科)の医師に対して助言する立場だ。つまり、感染症科医は主科のやっている治療内容が分かっていないといけないわけだな。

 

例えば、最近NEJMから出た論文に皮膚エリテマトーデスに対する新薬の論文がある。抗BDCA2抗体Litifilimabが皮膚エリテマトーデスの病勢コントロールに有効かどうか(プラセボ比)を比較した論文なのだが、正直なところ自分がLitifilimabを臨床現場で使うことなんて絶対ないだろうし、リウマチ屋さんにとっては大事な論文なのかもしれないが、自分にとってはぶっちゃけどうでも良い論文である。

 

それでも、軽くは目を通すようにしている。というのも、感染症科医は、参謀ならぬコンサルタント業である以上、感染症以外の医学の進歩にもついていけていないといけないからだ。こういった類の勉強をする時に心掛けているのは、以下のポイント。

❶ この新薬は今後普及する可能性があるか?(そもそも効くのか?)
❷ この新薬を使っている患者ではどんなトラブルが生じるか?
❸ 特に、どんな感染症を起こしやすくなるのか?

 

これらのポイントさえ分かれば良いので、当然精読はほとんどしない。精読している暇なんてないからな……。今回のLitifilimabに関しては、Introductionで最近の免疫抑制療法にパラダイムシフトがないかを確認し、MethodsでLitifilimabと何を比較しているか(今回はプラセボ)をざっと確認し、Resultsは面倒くさいので図だけ見て本文はすっ飛ばし、最後に副作用の部分だけ精読するようにしている。精読しているのは、副作用のところだけだ(用量依存性なのかどうかとかもチェックする)。だって、自分にとって必要な情報ってそこしかないんだから。

 

Litifilimabの場合は、実薬を投与された99人のうち、数名ばかりがインフルエンザ、口腔ヘルペス、水痘・帯状疱疹ウイルス感染症などの感染症を起こしていて、1人はウイルス性髄膜炎を起こしていたとのこと。別にこのことを暗記するわけではない。起こった感染症の並びから、Litifilimabがどんなタイプの免疫抑制を起こすのかを類推するわけだ。免疫抑制は、好中球減少症、細胞性免疫障害、液性免疫障害などにグループ分けすることができるのだが、そのうちのどれに当てはまるのかなって考えるわけ。

 

データからは、Litifilimabを投与されている患者さんはヘルペスウイルス属に弱いのかもしれないと類推することができるので、この薬剤は細胞性免疫障害タイプなのかなと考えるわけだ(※)。それで、Litifilimab 50 mg投与群(少量投与)の人で水痘・帯状疱疹ウイルス髄膜炎を起こしているということは、もしかしたら用量依存性の免疫抑制では必ずしもないのかもしれない。実際、副作用に限らず、皮膚エリテマトーデスに対する有効性もLitifilimabを増やせば増やすほど高まるわけではなさそうだし……。

※ 細胞性免疫障害タイプの薬剤を使う時は、一般に、ヘルペスウイルス属、レジオネラ、リステリア、結核・非結核性抗酸菌、ノカルジア、アクチノミセス、サルモネラ、アスペルギルス、クリプトコッカス、糞線虫などに気をつけないといけない!

 

……といった具合に、自分に関係ない分野の論文は、こんな感じでざっくりと読むようにしている。実際にこのやり方の恩恵を受けたことはあって、JAK阻害薬Upadacitinibについては治験段階の時点で知識が結構あったから、当時新薬だったこの薬剤を投与していた潰瘍性大腸炎の患者さんに生じた肺放線菌症を上手いこと診断して症例報告できたという経験がある(Upadacitinibも第2相試験の頃から帯状疱疹が目立つなぁって印象だったので、細胞性免疫障害からアクチノミセスの関与を連想することもさほど難しくなかった)。まぁ、NEJMを全部読んでいるといっても、全部ガチ読みしているわけではないのよっていうのが伝わればありがたし。学問は一瞬だけ最大火力でやるようなものではなくて、一生続けられることが大事なんだと思うんだ。