つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

医者が買われる時代

f:id:TsukubaHospitalist:20211130213727j:plain

家に届く雑誌やチラシにはざっと目を通すことにしている

 

正直なところ契約した記憶が全くないのだが、大学5年生あたりから自分の住んでいるところに毎月民間医局からDoctor's magazineなる薄めの雑誌が送り届けられている。この雑誌には毎号臨床推論の漫画がついていて、これがなかなかマニアックで面白いものだから、住所が変わってもその都度律義に民間医局に住所変更を伝えて購読(といっても無料)が途絶えないようにしているのだ。

 

そして今月も寒い中、Doctor's magazineの2021年12月号がポストに投函されていた。早朝寒さに震えながら温かい珈琲を入れて、毛布にくるまりながらざっと目を通してみる。普段は臨床推論の記事以外あんまり目を引かないものなのだが、今月号はちょっと目を引く記事がいくつかあってなかなか面白かったので簡単に引用して紹介してみる。「肺移植医 大藤剛宏先生のカタール冒険譚」から。

 

医師も買われる時代 カタール

カタールはさまざまな分野で海外の優秀な人材、いわゆる超高度人材を誘致し、その実力が十分発揮できるように膨大な設備施設をセットにして展開することで急速に発展してきている。医療分野においても例外ではなく、その誘致に関しては本国ではそろそろ引退といったシニア世代は対象とならず、現役でバリバリやっている大学教授や企業のトップを引き抜いてくるというやり方である。(中略)とかく金太郎飴のような万能人材を欲する傾向のある日本とは違い、人とは違った発想を持った人材こそ将来のカタールの発展に寄与すると考えているカタール首脳陣。日本にいた時の労働環境は少々窮屈に感じていたので、今の私はまさに "水を得た魚" 状態である。少し説教がましくなるが、日本の若い世代にはぜひとも参考にしてほしい一例だと思う。Generalなことを一通りマスターしたら、次は人とは違う自分のオリジナルを突き詰め発展させていってはどうだろうか。とかく横やりを入れてくるやからがいるが、穏便に無視して着々と実力をつけていってほしい。すぐに替えの利く、都合の良い、いわば "大勢の中の一人" になるのではなく、"Only one" を目指してほしいと思う。本当は今の日本こそ、こういった人材が必要なのだが……。

 

肺移植という先進医療の分野だとそういった引き抜きもあるのかぁ、総合内科医とか感染症内科医にはちょっと無縁な世界なのかなぁとボンヤリと感じていたのだが、それでも人生に一度は強烈なヘッドハンティングのお誘いを受けてみたいものだ。この手のヘッドハンティングではきっと金銭面での待遇も良いとは思うのだが、それ以上に「士は己を知る者の為に死す」的な高揚感があって、そういう意味での羨ましさがある。いつか自分の力を必要とする人が現れた時のために自分自身も日々精進していかねばと、思いを新たにするわけである。

 

もうひとつ面白いと思ったのが、判例の記事。医療裁判の話だ。MRSA感染症からの多臓器不全で死亡した症例に対して遺族から裁判があったとのこと。ちょっとだけ解説すると、MRSAというのは抗生物質の効きづらいブドウ球菌のこと(超ざっくり)。要らない抗生物質を患者さんに使えば使うほど、そういった抗生物質の効かない耐性菌が出現するのだけど、この裁判の争点は「要らない抗生物質をみだりに使っていたから抗生物質の効きにくいMRSA感染症を起こしたんだ! 要らない抗生物質を使うのは過失だ!」という感じの内容だった(最高裁 平成18年1月27日判決)。

 

抗生物質の不適切使用というのはぼく自身の主な研究テーマだし、要らない抗生物質を使いがちな医療現場を見るにつけてもどうにかならんかと日々頭を抱えているのだが、それが裁判で過失として問われているのにはさすがに衝撃を受けてしまった。抗生物質が必要か不要かなんて、感染症内科医でもなければ意外と判断の難しい問題だと思うのだけれど —— はぁー、医療訴訟、怖いなぁ。こういった耐性菌で裁判を起こすのが一般市民なら、風邪をひいた時に無用の抗生物質を欲しがるのも一般市民だ(風邪に抗生物質は効かない)。まぁ、この判例記事は初期研修医の先生方への教材として使わせていただくことにしよう。

 

そんな感じで、久しぶりにDoctor's magazineを楽しませていただいた。他に我が家に届く雑誌として「日経メディカル」もあるのだが(親が購読しているものが自動的に転送されてくる)、そういった雑誌には最近自分と同年代の医師が執筆した記事が載りはじめていてなかなか興味深い。大抵の雑誌にはクイズコーナーみたいなものがあって、特に自分の同年代医師が作問した問題が軒並み難しくて「なにアイツこんな難しい問題出してんの?」と毎度笑ってしまう(とりあえず、一般正答率が40%を越えることはまずない)。

 

これは若気の至りというやつなのだろうか……。一般に試験というものは、正答率80%の問題を多く出題して成績が正規分布するようにするのが良い —— なんて聞いたことがあるのだけれど、普段は温厚な皆様も、作問者に回った途端他人に情け容赦なくなってしまうようだ。まぁ、それはそれで傍から見ていて滑稽だから良いのだが。ぼくも最近は医学生向けの試験問題を作問する機会が増えてきているので、気をつけないとなぁと感じている。正答率90~95%くらいを目標に、割と簡単な問題を量産するよう留意するつもりだ。

 

長めのつぶやき:今年も終わりに近づいていますが、なんとかJAMAへのオピニオン論文掲載やOFIDへの原著論文掲載を成し遂げることができました。OFIDの方は海外で「医者のやる真菌検査のほとんどが無駄」と、ニュース記事にも取り上げていただいているようで、誠に光栄です。20代も残すところ1年、しっかりと実績を残して臨床経験を世の中に還元していきたいと思います。特に腐心しているのが症例報告で、最近は受け入れてくれるジャーナルも減ってしまいました(引用されにくいので雑誌サイドから見るとどうしても不利なのです)。ということで、論文掲載料(APC)がかからず、なおかつインパクトファクターのつく雑誌に症例報告を通すことも短期的目標のひとつです(なかなか金銭的に厳しいもので……)。さて、APC freeの雑誌は驚くほど受からないものですが、最近1本の症例報告でrevision要請をいただきました。昔は査読者からの意見を面倒臭がって嫌がっていたのですが、このところはfeedbackの有難味が身に沁みます。こういった外部からの意見と真剣に向き合ってこそ、自分自身を伸ばすことができるのではないかと思います。自分もまだまだ未熟ですし、まだまだ大きく伸びる余地があると感じています。自分より遥か先を行く師匠の背中を見ていると、まだまだ壁が幾つもあることが分かってしまうのです。なので、このrevision経験は、壁を乗り越えるヒントとして大切にしたい。あと、来年に向けて幾つか大きめのprojectを仕込んでいます。自分の立場としては背伸びした内容ですが、そういった難所を踏破してこそ自分自身をもっと伸ばせる気がするのです。続報をご期待ください。そして、非才ながら後輩に背中を見せ続けられる存在でありたいです。