つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

『マレーシア大富豪の教え』:粘るべきか、撤退するべきか

日本では「大富豪の教え」と銘打った本が数多く出版されており、なんとなく2005年前後の「品格」ブームを思い出すところがあるのだが、最近『マレーシア大富豪の教え』なる本を借りて読んだ(図書館で視界に入った本を片っ端から借りて読んでいる)。この本は、日本人実業家がマレーシアに渡って一大事業を起こす道筋を振り返りながら、人生において大切な教訓へと落とし込んでいる一冊だ。内容の一部はダイアモンド・オンラインに掲載されているのでそちらに譲ってしまうが、ほんの一部分だけ紹介したい。

 

装丁もなかなかよい。サクサクッと1~2日で読めます

 

成功するには「誰もいない場所」「誰もしたがらない仕事」を選ぶのが良い。

これはいわゆる「ブルー・オーシャン戦略」(⇔ 血みどろの海「レッド・オーシャン」、激戦区)にも通じるところがある。ただ、自分が面白いと思っているのは、みんながブルー・オーシャン戦略の存在を知っていても、現実世界ではそれを全く実践しようとしていないこと。例えば自分は初期研修医の先生たちを相手に診療科の勧誘をする仕事をしてきたのだが、彼らの本音を聞き出してみるとみんな口をそろえて「周りにサブスぺ(専門診療科)のキャリアで遅れるのが怖い」と言う。要するに、周りと足並みを揃えて生きたいという心理があるわけだ。言うまでもなく、これはレッド・オーシャンで血の洗礼を浴びるコース(まぁ、知らんけど)。そんな有様なので、ブルー・オーシャン戦略がよく知られるようになった現代でさえも、ブルー・オーシャン戦略がかなり有効である。普通、戦略って名のつくものは、手の内がバレたら全く通用しなくなるものなんだけどね……(苦笑)。

 

それで、ブルー・オーシャン戦略の話だけであれば、決して目新しいものではないのだが、『マレーシア大富豪の教え』では「下働き」をブルー・オーシャン戦略のひとつに位置づけているように見えるところに古くて新しいものを感じた。誰もやりたがらない「下働き」を丹精込めて行うこと。これが上司から信頼を勝ち取る近道であると。なるほど、織田信長の草履を温めていた木下藤吉郎を彷彿させる話ではある。どんなに能力があっても、どんなに我武者羅に仕事をしても、なかなか大きなチャンスというものは与えられないものだ。基本的に大きなチャンスは上司つながりでもたらされることが多いことを考えると、「下働き」を丁寧にこなして上司からの信頼を得るというのも、正しいキャリアの歩み方のように思える。

 

信頼される近道は、こちらから信頼することである。

上司から信頼されて仕事を任されると、普段以上に力を発揮できるなんて経験は誰にも覚えがあるのではと思う。特に仕事の規模が大きければ大きいほど、高揚感と勢いで上手くいってしまうなんてことだってある。そして、そんな上司であればこちらだって信頼することができてしまうわけだ。そんなわけで、職場における信頼関係は、一度築き上げることができれば好循環に入るし、築き上げられなければ悪循環に入ってしまう。だったら、自分から率先して謙虚になって、相手を信頼しませんか、という話である。

 

逆によく聞く話として、現場からの叩き上げで昇進したリーダーなんかは往々にして自分のやり方を現場に押し付けがちで上手くいかないことがよくあるようだ。叩き上げリーダーからしてみれば、現場を回している後進が自分よりも未熟に見えてしまうのも致し方あるまい……でも、別に後進は何も考えずにボーッとしているわけではないのだ。彼らは、ちゃんと考えている。ただ、考えるスピードが遅かったり、経験の少なさから決断が後手になりがちだったりというだけの問題に過ぎないのだ。そういうわけで、リーダーは忘れてはいけない —— 後進はモノでも奴隷でもなく、ちゃんと思考する人間であるということを。信頼して彼らが自ら学んで成長するのを見届けるのがリーダーの責務なのだ(もちろん、危ない時には裏からコッソリと援護射撃をするんだけどね)。

 

付き合うべき相手は、フェアか、アンフェアかで判断する。

相手を無条件に信頼していると、騙される時もある。対策としては、人間関係の中で絶交ラインを明確に設けておくのがよいと『マレーシア大富豪の教え』では述べられていて、特に交渉事の前は交渉決裂ラインを事前に決めておかないと上手く話をまとめることができないとのことだ。交渉決裂ラインを越えたら、問答無用で交渉を決裂させる。特に相手がアンフェアを働くような場合は徹底的に抗戦する。なぁなぁで済ませるなということだ。

 

相手のアンフェアに対して徹底抗戦するということは、自分自身の言動が常にフェアなものでなければならないということも意味している。フェアとは何か? ……日本人であれば「卑怯なことはするな」の一言で十分伝わるのではと信じたい。会津出身者なら「ならぬことはならぬものです」でもよい。要は、自分の良心(or 信仰)に逆らうな、世間様に害を与えるような生き方をするなという話。もちろん、フェアの定義が文化ごとにだいぶ異なるというのはあるので、色々な付き合いを経験して自分の器を広くしておくことも大切だとも述べられていた(日本人の常識は華僑の非常識みたいなエピソードが紹介されている)。

 

粘るべきか、撤退すべきかは結局のところ、勘である。

作戦を実行していると、ときおり泥沼化することがある。そうすると、その場で粘るべきか、潔く撤退すべきかを決断しなければいけなくなる。それまでの努力が多大であればあるほど、それを無にしたくないという思いから粘ってしまい、余計事態を悪化させるなんて話はよく聞く —— これは、行動経済学で「サンクコストの誤謬」と呼ばれる現象だ。だったら、泥沼化しそうなら撤退するべしという話になるのだが、それだって正しいわけではない。粘りに粘った末に諦めて撤退した場所のちょっと先に大きなチャンスが転がっていたなんて話は枚挙に暇がないわけで……。

 

じゃあ、撤退ラインをどう判断するか。『マレーシア大富豪の教え』では「紙一重」だから判断するのは難しいと言い切っていた(まぁ、そうだろうなぁ……)。ただ、経験に基づく勘みたいなもので何となく予想することはできる。じゃあ何が大切なのかというと、若いうちにたくさん経験してたくさん失敗して、そこにフィードバックをかけて学びを得て次に役立てること。PDCAサイクルを回すのだ!とまでは書いていなかったが、そういうことなんだろう。少しずつ判断力に改善を重ねていけば、撤退ラインを推定することもある程度のところまでは可能になる。大切なのは、とにかく根性で粘ってみて、時々痛い目に遭って学びを得ること。そうやって得られた洞察力が根性と合わさると、良い味が出てくるというわけだな —— 粘る能力を習得する過程で、洞察力も身につくから、撤退する能力も上手い具合に付随してくる、と。

 

『マレーシア大富豪の教え』というタイトルからは、カネのニオイを感じる人も多いとは思うのだが、内容としては至極真っ当で、むしろ人間として生きるにあたっての基本を再確認している一冊だったように思う。活字慣れしていなくても、読みやすい本なので、是非図書館などで借りて読んでいただきたい。

※ 活字慣れしていなくても読みやすいお勧め本としては、他に『スライトエッジ』も印象に残っている。こちらもつくば駅前の図書館に置いてあるのでどうぞ。