つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

『せん妄診療はじめの一歩』、再読

医師年数が5年を越えてくると、初期研修医時代から繰り返し読んできた書籍でも「もうそろそろ手元になくても大丈夫かな」と思えてくるような医学書が増えてくる。医師の部屋は学会誌などで常に圧迫されているもので、少しずつ書籍を手放していかないと、歩く場所すらなくなってしまうという大問題に直面してしまうものなのだ。そういうわけで、医師5年目になった頃から自分の手持ちの医学書は研修医の先生たちに配っていって、少しずつ自室の重量を落とすようにしている(と言いつつ、内科学会雑誌が増える一方なので、総重量は増加傾向……)。

 

2014年発行の本だが、今でも十分通用する羊土社の良著

 

『せん妄診療はじめの一歩』(羊土社)も、初期研修医時代に何度も繰り返し読んだ一冊だ。そろそろ研修医の先生に渡したいなと思っているのだが、お世話になった書籍だけに、最後に1回だけ読んでみた。不思議なもので、このような入門書も初期研修医時代とは全く違った視点で読めるようになるところが面白い。個人的に面白いと思った箇所を、コメントをつけながら断片的に列挙していく。

 

夕方からナースコールを連打する,受けもち看護師がベッドを尋ねると,本人は呼んだことも覚えていないということがあり,せん妄が疑われます.

▶ せん妄のプレゼンテーションとして、あまり意識してこなかったかもしれない。夕方以降にすばしっこく行動するなんて聞くと、例えば「夜中になるとベッドとポータブルトイレを目にも止まらぬ速さで行き来する(ただし自尿は出ないし、測定したら残尿もない;一晩で30~100往復くらい)」というのも、せん妄のひとつのプレゼンテーションなのだろうかと思ってしまった。過活動膀胱とせん妄の合わせ技みたいな。いやぁ、最近そういう病棟患者さんでよく相談されるもので……毎度これには手こずっているのだ(汗)。

 

せん妄 — 日内変動 — あり

認知症 — 日内変動 — ない

▶ 当たり前といえば当たり前なのだが、認知症患者の認知機能に日内変動はない(断定)と改めて言われるとハッとするものがあるなぁと思った次第。

 

鎮痛薬であるオピオイドやNSAIDsはせん妄の原因でもあります.

▶ せん妄をコントロールする際に疼痛管理をしっかりとするのは常識。だけど、それが度を越えると裏目に出るかもしれない。NSAIDsは盲点だった。自分の中で「鎮痛こそ正義」みたいなところもあったので少し認識を修正。

 

入院当初はテーブルも整理され,服装も整っていたが,入院1週間頃になると,ゴミが放置されていたり,服装も乱れ,なんとなく薄汚い雰囲気がする.

アセスメント:身の回りの様子を見ると,習慣と思われがちですが,実はせん妄に伴う注意障害があり,整頓や保清ができなくなっている場合があります.

▶ ベッドサイド回診の時に、研修医の先生たちに「この患者さんの机の上には単行本が綺麗に置かれているから、もう医学的には大丈夫」なんてよく説明しているのだが、その逆も成立するのかぁと関心を抱いた一節。

 

抗精神病薬が一体何をするのか,は現在も様々な検討されていますが原文ママ,最終的には「以前ならば気になっていたことがそれほど気にならなくなる」というような変化をもたらすと考えられています.より具体的に言えば,内服する前はあれこれと気になって頭の中を占めていたがその占める割合が減り,意識がはっきりとし,前よりも集中できるようになる,という変化をもたらします.このときの患者さんの体験は「おかしいと思うような考えも浮かぶのだが,以前のように煩わされることがなくなった」ということを話されます.

▶ せん妄患者さんに対してハロペリドールを点滴しながら、効きが出るまでずっと会話していたことがあるのだが、この描写を読むと何となく当時のイメージと整合性があって、納得できる。個人的にせん妄というのは、カラフルでこんがらがった大量のワイヤーが頭の中を占拠していて、インプットとアウトプットの間の邪魔をしているような状態なんじゃないかと勝手に思っているのだが、そういう認識で当たらずともそう遠くないということなんだろうか……。

 

現在ではハロペリドール 10 mg を越えて使用しても治療効果は高まらず,有害事象の発生リスクのみ上がることが統合失調症ではよく知られています.

ハロペリドールは、使っても2アンプルまで!

 

クロルプロマジン:鎮静作用が強いため,入眠,傾眠の有害事象のために上限が限られる傾向がある(dose limiting factor)

▶ 初期研修1年目の時に何も知らずクロルプロマジンコントミン®)を使いまくっていた時期があったなぁ(遠い目)。とりあえず眠らせておけばいい(全然よくない)みたいな。そう、あの時の俺たちはノリと雰囲気だけで相当危ない医療をやっていたんや……。当時あのプラクティスで循環動態の破綻する患者さんが出なかったのは、多分運が良かっただけなのだろう。

 

頻度は少ないのですが,ハロペリドールの静脈内投与により,QTcが延長することが稀にあります.(中略)海外の報告からはハロペリドール 35 mg/日までは心室不整脈との関連は稀と報告されています.

ハロペリドールを使う前には、筋固縮だけでなく心電図もチェックして、QTc延長がある時には使用を避けてきたわけだが、これは杞憂だったということなのだろうか? ちなみに、バイキン屋的にはキノロン系やマクロライド系をQTc延長患者に使うのはご法度。すごく嫌な思い出が何度かあってだな……(汗)。

 

ガイドラインと臨床との格差を感じる理由は,治療のターゲットが何か,というところにあります.セレネース®は,せん妄の注意障害など認知機能障害を改善することを目的に使用しています.セレネース®自体は,興奮を鎮める鎮静効果は弱く,興奮を鎮めることを目的に使用するには不向きです.

▶ せん妄に対してどの薬物を使用するかは、注意障害まわりを狙うのか、興奮まわりを狙うのかで大体決めるのだ……なんて研修医の先生たちに繰り返し伝えているのだが、これがなかなか理解してもらえない(泣)。最近は初期研修医の先生が夜中に病棟から呼ばれることもなくなっていて、働く環境という意味では間違いなくプラスなのだが、こういった臨床経験の面からはマイナスだと思うんだよな。研修医が眠たい目をこすりながら夜中に(危ない)コントミン®を静注していた5年前と、代わりに上級医が呼ばれるので研修医が何もしなくなった現在 —— どちらの方が恵まれているんだろうと考え込んでしまうことがたまーにある。いやまぁ、アラサー医師の独り言でござるよ。こういうことを言っていると後輩から嫌われる。

 

過鎮静が生じたと思われる場合,まず本当に過鎮静かどうかを明らかにします.ときに昼夜逆転が回復していない場合がありますので,夜間の睡眠状況を確認することが誤解を防ぐうえでも大事です.

▶ 夜間大騒ぎして朝になるといびきをかいて眠っている —— この光景を見て過鎮静とアセスメントされてしまっているケースは病棟回診でもよく見かけるよな……。そういう時って、太陽の光を浴びてリズムを取り戻すのがいいのかな? 最近はラメルテオン(ロゼレム®)やスボレキサント(ベルソムラ®)、レンボレキサント(デエビゴ®)など、概日リズムに働きかける薬剤もどんどん使われるようになった —— 便利な世の中になったものだなぁ。新薬といえば、5年前はレベチラセタム(イーケプラ®)やトルバプタン(サムスカ®)だってそんなには普及していなかった。だから痙攣重積の症例を受け持ったが最後、毎晩痙攣発作で呼ばれ、泣きながらセルシン®を打つ初期研修というのも、当時は確かに存在していたのだよ。

 

糖尿病をもっていて非定型抗精神病薬が使いにくい場合 《タイトル》

▶ クエチアピンやオランザピンの日本の添付文書では糖尿病が禁忌に数えられているのだが、なぜ禁忌なのかはちゃんと調べておいてほしい……。どんな経緯で禁忌になったのかを知っているか否かでプラクティスに少し違いが出るかもしれない。もっとも、最近はペロスピロンという凄く便利な薬剤が普及してきたから「クエチアピンを使えないならペロスピロンを使うまでだ!」という考え方もあり……?

 

アカシジアは下肢の不随意運動,不快感がありますので,患者さん自身その運動を止めようとして,膝や大腿部を抑えようとする動作がみられます.

抗精神病薬を使用中の患者さんが落ち着かなくなった時には、せん妄の増悪とアカシジアを鑑別しなければならず、その手掛かりとして「下肢を抑える動作」というのが役立つらしい。言われてみればそんな姿勢をとっていた人もいたような気がするので、注視してみたいものだ。

 

『せん妄診療はじめの一歩』は初期研修医向けに書かれた入門書なのだが、このように年数が経ってから読んでみると、細かい記載のニュアンスなどにも気がつくことができて、なかなか楽しい読書体験であった。とはいえ、書かれていることの大半は既にマスターできているなとも思ったので、この本は病院総合内科を回ってきてくれる研修医の先生の中でも内科志望の後輩に差し上げるつもりである。自分が持っているよりも、そっちの方がきっと本も喜んでくれるだろうから。