つくばホスピタリストの奮闘記!

筑波大学附属病院 病院総合内科に所属する専攻医によるブログです。まだ創設間もない病院総合内科での活動を発信していきます!!

科長

突然ですが、病院総合内科の科長が変わります。突然と言っても、これまでも新しい体制がどうのこうのと言っていたわけで、いちおうは仄めかしていたのですが、2021年9月末を以って病院総合内科の体制も大きく変わっていく見込みです。もちろん、診療内容自体は大きくは変わらないと思いますが、雰囲気は多少は変わるかもしれません。初代から二代目へ、この過渡期を自分も上手に支えていけたらなと思います。支えていけたらと言いつつも、支えていただいている立場ですが……

 

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つくば市の北條郵便局をリノベした喫茶ポステン

 

それはそうと、Itoは初代科長のことを物凄くリスペクトしていました。人間嫌いなItoが1年半も一緒に仕事することができたという事実が何よりもの証拠。クセの強いItoを不貞腐れさせることなく1年半マネジメントできる上司は世界広しといえどもそう多くはないのではと思います(とは、Itoの現師匠のコメント)。そういうわけで、今日は初代科長のエピソードを紹介しようと思います。Itoの関わった範囲での話なので、もっと深くて良い話もあるかもしれませんし、1年半だけの付き合いなので、Itoの分かっていない部分もあると思いますが、そのあたりはご容赦を。

 

初対面前に聞いた噂

 コロナ禍前に、Itoが東大から筑波の病院総合内科に来るにあたって、筑波大学ゆかりの人たちから科長がどんな人なのかコッソリと情報収集していました。病院総合内科は外にあまり情報が出ていなかったので、なんやかんやでどんな場所なのか心配だったわけです。それで、主に筑波大学出身の医師から情報収集していたのですが、「手強い」とか「手厳しい」とか、そういう評判が多かったですね。中には「Ito先生、頑張ってください」と合掌する人もいて、「えっ、えっ??」と戸惑ったこともありました。

 

今どき珍しい、ザ・国語の人

 真相としては、科長が学生さんにかなり厳しいということだったようです。例えばレポートやプレゼンテーションの言葉遣いについてはかなり細かくチェックされていました。初期研修医相手の場合はもう少しマイルドになりますが、やはり厳しく言葉遣いを訂正されている時がありました(ら抜き言葉、「熱発」、薬を「盛る」など)。後期研修医以降が相手だと表立っては訂正されなくなりますが、学会の抄録を持っていくと言葉遣いがかなり直されていて非常に勉強になりました。逆に研修医の先生のカルテに書かれている日本語が綺麗な時には必ず言及されていました。

 

科長ファンの皆様

 学生からは怖がられていましたが、患者さんとの信頼関係の深い先生でした。特にいつもフォローアップしている外来患者さんからは例外なく慕われていて、親子代々科長かかりつけという患者さんも少なくないようです。心不全の患者さんを主に診られており、その中には重症の患者さんも少なからず含まれています。にも関わらず、患者さんが滅多に入院しない印象で、逆に入院する時は大半がかなり厳しい状況だったように思います(もちろん例外もあります)。重症心不全であっても、死の間際まで自宅で家族と過ごすことができる……そんな外来管理をされているように見えました。超高齢社会の現状においては、入院したっきり病院から出られないまま不幸な転帰を辿る患者さんも少なからずいらっしゃるのですが、まさにその対極といえるような外来診療をされていて、その点はItoも見習っていきたいなと感じています。

 

心電図でここまで読める

 心電図の読みの深さは神業でした。心電図波形から胸部X線所見がどうなっているのかを予想できてしまうようで、朝回診の折によく披露されていました。いったいどうやるのかは最後まで謎でしたし、言葉を尽くしても説明できない部分があるのかなとも感じましたが、プロフェショナルに求められる水準の高さを教えていただいたと考えることにしています。

 

エビデンスを越えるとはどんな感じなのか

 若手が指導医を見る時に「この上司はエビデンスの人か、エクスペリエンスの人か?」という視点があるのですが、科長の場合は双方のバランスが絶妙なように見受けられました。先程の重症心不全や心電図の話も含め、「エビデンスを超越したエクスペリエンスの人」、あるいは「達人」というふうに見えてしまうのですが、実際にはエビデンスにかなり則った診療をされています。というのも、さりげない発言のひとつひとつを後でItoが論文で検証しているのですが、誤った情報が全くなくて正直びっくりしています。要するに、Itoみたいにエビデンスエビデンスと仰っていないだけで、エビデンスを確実に踏まえてそれを超越している御方なのです。

 

基本放任、越えてはいけない一線だけストップ主義

 平時は基本的に放任主義の科長でした。患者さんに対する診療方法は担当する専攻医の裁量に委ねられており、滅多に口出しをされませんでした。実際のところ専攻医も試行錯誤している中で実力を磨いていくものなので、この放任主義はコモンディジーズの多い病院総合内科の患者層と極めて相性が良かったのではないかと思います。ただし、専攻医が手を出してはならない診療内容(禁忌など)に対しては短い言葉でストップをかけられていて、それで大きな事故が防がれていた気がします。また、困った時に相談を持ち掛けると親身に対応していただけました(どう見ても予後が悪そうな症例の対応方法など)。

 

裏で根回しいただいていた

 他の診療科とのやり取りという面でも科長に守られていたように思います。病院総合内科という診療科名だと、本来は他の診療科で診るべき疾患の患者さんも押し付けられてしまいがちです(消化器内科が診るべき胆管炎、神経内科が診るべきパーキンソン病など)。そういった場面では、言うべきことをしっかりと他科に伝え、患者さんが不利益を受けないように診療をアレンジしないといけないのですが、科長がかなり強めにコメントされていたこともあって、ある程度はブロックされていたのかなと思います。

 

木が燃えたら森全体を守る

 緊急時の対応も他のリーダーにはない独特のものでしたが、非常に優れた内容でした。朝回診中に病院総合内科の患者さんが急変したことがあったのですが、専攻医に対して「ここは自分が持つから、冷静に急変していない患者さんを一通り診てきなさい」と指示されたのがとても印象に残っています。ひとつ大きな問題が生じると、どうしてもそこに労力が投下されてしまいがちで、それ以外の部分が手薄になってしまうという問題が生じます。手薄になった部分を放置してしまうと、そこから別の問題が生じた際に手の打ちようがなくなる……つまりは「木が燃えている時は森を守れ」という意図だったのではと思います。燃えた木を一本消火するのは簡単ですが、山火事になると確かに消火できないですね。

 

初代科長が育てた病院総合内科を今後どう発展させていくか。新体制への移行にItoは不安と高揚感の両方を感じていますが、決して廃れさせてはいけないという思いで今後も病院総合内科を盛り上げていきたいと思います。この病院総合内科が社会にどんな恩恵をもたらすことができるか。残るメンバー、新しいメンバーと一緒にしっかりとバトンを引き継いでいきたいですね。