つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

クリック・ケミストリー

New England Journal of Medicine (NEJM) は言うまでもなく臨床医学雑誌である。しかし、時々 Clinical Implications of Basic Research と称して、臨床応用を期待される基礎医学分野の知見が簡潔に紹介されていることがある。正直なところ、いくら分かりやすく解説したとしても、臨床家にとって基礎医学の記事は非常にハードルが高く、難解であることには違いない。自分がこのコラムを読む際には、なるべく誤解のないように同内容の他記事(多くは入門の記事)を読むようにしている。

 

2022年12月15日のNEJMに掲載されていた基礎医学は「クリック・ケミストリー」と呼ばれるもの。読んでいて「なんのこっちゃ?」といった感じだったので、サイエンスライターが日本の高校生向けに書いた記事などもネットで拾いながら自分なりに理解を試みてみた。どうもこの技術、ノーベル化学賞の対象となったテーマだったようだ。

 

複数の化学物質をくっつけると役に立つことがある。例えば、がん細胞だけに取り込まれやすい物質Aと抗がん作用を発揮する物質Bがあったとする。物質A単体を人体に投与してもがん細胞をやっつけることはできず、物質B単体を人体に投与してもがん細胞以外の正常細胞に副作用を及ぼすことになる。しかし、物質Aと物質Bを「融合」させれば、がん細胞だけをやっつけることができる抗がん剤を生み出すことができそうだ。……で、その「融合」が実は難しいというのが問題だったみたいなのだよ。

 

パソコン上で、2つの化学物質を「融合」させるのは簡単だ。くっつけたい部分をクリックすれば良い。しかし、現実世界ではそうはいかない。例えば、2つの物質を「融合」させた際に、余計な副産物が大量に発生してしまうかもしれない。この「融合」によって、材料となっていた2つの物質のうちの一方または両方が本来の機能を損なってしまうかもしれない。さらに、「融合」させた後に出来上がった物質が自然界の中で安定でない(容易に壊れてしまう)かもしれない。そういうわけで、化学物質の「融合」というのは、言うは易く行うは難しなのだそうだ。

 

Zeglis BM, et al. N Engl J Med 2022;387:2291-3.

 

そして、これらの問題を克服したのが「クリック・ケミストリー」ということになる。つまり、"特定の形式" で「融合」を行うと、上記の欠点が生じないということが発見されたわけだ。その "特定の形式" とは何かというと、2つの化学物質の間に「トリアゾール構造」を挟んで「融合」させれば良いということらしい。そのため、「融合」の材料になる2つの化学物質にはあらかじめ「アジド基」(-N3)と「アルキン」(-三)を用意しておく必要があるようだ(高校で有機化学を勉強したのは、もう12-13年も前のことだ)。そして、そのふたつの構造をカチッとつなげれば、晴れて「融合体」の誕生だ。この手法によって、がん細胞だけをやっつけて正常細胞に悪影響を与えないような抗がん剤も今後多く生み出されていくのかもしれない。

 

なるほど、よく分からんがなんとなく分かった。臨床家に基礎医学はどうしても難しいのだよ。でも、この技術が優れたものであることは理解した。まぁなんにせよ、基礎医学の進歩は喜ばしいことだ。あとは、それが臨床応用された際に人間的な医療が損なわれないことを祈るだけである。なんでも治せることが本当に幸せかどうかはかなり怪しいものがあり、進歩のためだけの科学が行われないことを願っているわけである。