毎日のように臨床研究に時間を使っているが、後ろ向き観察研究しかできていない関係上、「因果関係」という言葉には常々高いハードルを感じている。例えば、「絶食は院内での胆嚢炎発症に関連している」とは言えるのだけれど、「絶食は院内での胆嚢炎発症を引き起こす」と言ってはいけないのだ。因果関係を証明するには、極めて面倒臭いプロセスを経なければならない。そして、このプロセスには軍資金も人脈も必要なものだから、どうしてもカネもコネもない日本の若手には無縁の世界になってしまいがちである。
因果関係を示すには、以下のBradford Hillの基準をクリアしなければならない。せっかくなので名著『臨床疫学』(MEDSi)の福井先生訳で列挙いたそう。
❶ 時間依存性(原因の後に結果が生じる)
❷ 頑強性(相対リスクが大きい)
❸ 用量反応(暴露量が多いと疾患頻度が上昇する)
❹ 可逆性(暴露を抑えると疾患頻度が低下する)
❺ 再現性(異なる場所や環境、時期に、異なる人々に繰り返し観察される)
❻ 生物学的妥当性(時々の生物学的知識に照らして理に適っている)
❼ 特異性(1つの原因から1つの結果が導かれる)
❽ 類似性(同様の暴露もしくは疾患について、すでに因果関係が確立されている)
このように書き出してみると、「当たり前でつまらない!」という感想が飛び出してきそうではあるのだが、この眠たくなるような基準がアカデミズムの世界で強力な武器になることもあるから侮れない。例えば、後ろ向き観察研究を批判的に読む時には、「どう改良すれば、この臨床研究はもっと真理に近い知見を導くことができるのだろう?」なんて考えることがよくある。このような場合は、上記のBradford Hillの基準をひとつひとつ点検してみるのがよかろう。もちろん、この基準には後ろ向き観察研究で実現できそうにない項目も含まれているのだが、意外と簡単に実現できてしまう項目だって見つかるものだ(例えば、❸ 用量反応)。学生さんにLetterを書いてもらう時には、このあたりを重点的に仄めかすようにしている。
他にも、後ろ向き観察研究を自分でやっている時にDiscussionで何を書けばよいものか悩んだ際にはBradford Hillの基準を意識して記述すると、書くべき内容に困らないのではないかと思う。例えば、先の「絶食は院内での胆嚢炎発症に関連している」という話であれば、❸ 用量反応として「絶食期間が長いと院内での胆嚢炎が増えたか?」という論点に着目すればよいし、❺ 再現性として「ラマダンで絶食する人は胆嚢炎を起こしやすいのか?」という論点に着目すればよいし、❻ 生物学的妥当性として「絶食だとコレシストキニンがどうなるのか?」という論点に着目すればよいわけだ。これでざっと段落3つ分になる。つまり、ある程度機械的にDiscussionの2段落目以降を仕上げることができてしまう。
そんな感じで、因果関係に強いと学者としては何かと有利だ。逆に、学問の世界に身を置いていないと、この "相関と因果の違い" という問題がいまひとつピンと来ないものらしい(外来での患者さんのリアクションを見ていると痛感する)。科学コミュニケーションのひとつの課題かと思う。