つくばホスピタリストの奮闘記!

つくば市在住の感染症内科医・総合内科医によるブログ。臨床現場での雑感、感染症などの話題、日常生活について発信します。2019年は東大の感染症内科、2020~2022年は筑波大の病院総合内科に所属、2022年8月からは東京医大茨城医療センターの総合診療科で臨床助教をやっています。ここでの記載内容は個人的見解です。

通訳と報酬

およそ2か月前から、とある言語を毎日勉強するようになりました。大学病院である関係上、筑波大学附属病院には他の病院が診たがらないような事情を抱えた患者さんが集まってくるのですが、日本語も英語も話せない患者さんが入院していて、その人の話す言語に対応しなければいけないというのが理由です。偶然、自分もその言語をあいさつ程度には話すことができるということで、頑張って勉強しているわけです。

 

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大学病院近くにあるWikiwiki、丁度良いボリュームで好感です

 

この話をすると、大抵の人からは「大学病院なら通訳がいるはずだし、いなければ他の学部から話せる人を引っ張ってくれば良いのでは?」と言われます。もちろん、筑波大学附属病院には通訳ができる人が何人かいらっしゃいます。その言語を通訳できる人も2人くらい、病院内にいることも知っています。それでも、そういった人たちに通訳をお願いすることはできないと考えています。なぜか?

 

その言語を話すことができる2人というのは、看護師さんだったり、事務職員さんだったりと、いわゆる「通常業務」を抱えている方々です。そういった方々を内線で呼び出して、通訳をしてもらうことも可能なのですが、この「臨時業務」には残念ながら報酬が全くつきません。ボランティアと見なされてしまうわけです。これはどういうことかというと、「個人がやりたいからやっている仕事であり、組織としては評価しない」という意味合いが含まれてくるわけです。

 

ぼく個人の意見としては、他の人に為しがたいような技能を持った人物に対しては、それに見合う評価がなされないといけないと考えています。病院総合内科の他のメンバーにも、同様の考え方をしている人がいて、何とか「臨時業務」にインセンティブを付与できないか、各方面に働きかけてはいるのですが、なかなか実現しないのも現実。日本社会のしきたりを呪うような気持ちがあります。

 

もちろん「通訳を引き受けたい」と、2人が「臨時業務」を快諾いただいているのが、金銭的インセンティブに基づいていないことは理解しています。社会的な使命感に基づいて、2人とも名乗りを上げてくださったことも重々承知しています。さもなければ、ぼくに内線番号を教えていただけるわけがありません。内線番号を教えるというのは、日勤帯であれば常に、ひっきりなしに呼び出しても構わないという意思表示ともとれるわけですから。

 

だけど、ぼくはその内線番号を教えていただいてから一度もそこに掛けていません。ぼくが2人を呼び出すというのは、通訳の業務に付加価値が生じないと認めるような行為。スキルを持った人を馬鹿にするような真似はしたくないのです。だから、今後通訳がいた方が良いかもしれないと思う場面があっても、インセンティブが保証されないのであれば、ぼくは2人を呼ぶつもりはありません。「優れた存在を高く評価したい」という自分の思いを裏切ることになってしまいそうだから。ぼくはそれくらい2人の存在を重く見ているのです(幸い、ぼくがその言語を勉強することで患者さんとのコミュニケーションも辛うじてできています)。

 

優れた技能が正当に評価されていないという問題は、通訳に限らず医療現場の様々な場面で生じているように見えます。例えば、特定行為のできる看護師さん。患者さんのベッドサイドに寄り添いながら、輸液や栄養の評価、その他の様々な技能のできる看護師さんはもっと評価されてしかるべきと考えています。金銭的にも、社会的にも。病院総合内科は、看護師さんの特定行為研修を年間5~6人程度は受け入れているのですが、研修にいらっしゃる看護師さんに聞いたところでは、特定行為ができるからといって追加のインセンティブはないとのこと。ぼくはこのことを非常に残念だなと思いますし、日本の医療の質を長期目線で低下させていくような事案なんじゃないかとも危惧しています。

 

国や組織の単位で「スキルを評価しない」という姿勢を打ち出すことは、個人が成長することを否定する態度とほぼ同義であり、そういった場所に将来はないような気がします。国や組織がそういった態度を採る中でも、病院総合内科はその風潮に染まることなく、優秀な人をしっかりと優遇できるようなチームであってほしいと感じます。病院総合内科には来年度眩しいほど優秀な新人医師が2人入ってくれるのですが、ぼく自身のミッションは、彼らが能力相応に活躍できて、その能力をさらに伸ばせるような土壌を病院総合内科に作っていくことです。つまりは、「優れた存在を高く評価する」、「チームメンバーを大切にする」……そういった信念を貫くことです。

 

そういうわけで、ぼくは優秀な人のタダ働きを決して認めません。認めてはいけないという意地があります。優秀な人たちに集まってもらいたいと心の底から願っているからこそ、そういった極論へと駆り立てられてしまうのかもしれませんね。